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April 24, 2005

『インファナル・アフェアⅢ 終極無間』はラウの映画

最初にお断り。『インファナル・アフェアⅢ 終極無間』は多少のネタバレなしに語れないので、これから見ようという方はご注意を。さらに老婆心でいえば1作目、2作目を見てからこの完結編を見ないと、ディテールの面白さや、そもそもストーリーすらよく分からないんじゃないかと思う。

映画の冒頭。1作目で、長期の潜入捜査で心を病みながらも、鬱屈を内に抱えこんで表情や行動に表さなかったヤン(トニー・レオン)が、弟分がトラブルを起こしたマッサージ・パーラーでいきなり暴力的になり、相手を叩きのめして立ちつくす姿が背中から捉えられる。ヤンの突然の変貌に、見る者は、おいおい、一体ヤンはどうしちまったんだ、と思い、その後の展開に息をのむ。そのゾクゾクする期待感は、例えば『仁義なき戦い』の第2作、第3作……の冒頭を見たときの興奮に近い。

しかもこのシーン、第1作で弟分が死に際にヤンに向かってつぶやいた、「今日のマッサージ嬢は美人だったか?」という言葉に対応している。1作目ではこのセリフが何を意味するのか説明されてなかったけど、3作目でその訳が明かされるという仕掛け。

物語は、第1作から半年さかのぼった時点での「過去」の出来事と、第1作の結末を受けた「現在」とが交錯しながら進行する。「現在」で、マフィアを裏切って警察官として生きることを選んだラウ(アンディ・ラウ)は、潜入マフィアのあぶり出しを任務としつつ、自分の秘密を守るために彼らを密かに始末しているらしい。

自ら選んだそんな生によって、ラウはヤンと同じように激しい鬱屈を内に抱え込む。ラウは、自分の手で殺したヤンの恋人である医師のリー(ケリー・チャン)に近づき、ヤンの過去を探るうちに、「警官として生きた」ヤンの心に同化していくようになる。リーとは男女の関係になる(ように見える)。鏡を見ると、自分の姿ではなくヤンが写っている。自分がヤンになったと錯覚し、上司のウォン警視を殺したのはお前だと、ラウ(自分)に銃を突きつけているヤンを幻視する。

ラウはヤンと同じように、ソファーに横になって精神科医リーの治療を受ける。このとき、画面はリーの後ろ姿を中央に、左手にヤンを、右手にラウを同時に映している。ヤンがラウになり、ラウがヤンになる。2人のかかえる地獄が通底する。「過去」と「現在」、現実と幻想とが入り混じる。

そんなラウの内面のドラマが映画の一方の軸になっているが、現実の世界ではラウはエリート警官ヨン(レオン・ライ)を潜入マフィアとにらみ、彼と、彼が連絡を取っている大陸の武器密輸商人シェン(チェン・ダオミン)を追う。それが第1作の半年前の「過去」の出来事と重なって、ラストへとつながっていく。

1作目も2作目も、夜の撮影が素晴らしかったけれど(第1作は05年8月28日の、第2作は9月27日のブログでそれぞれ触れた)、3作目も同じ。夜のシーンになると急に画面が艶めいて、闇の濃さが主人公たちを際立たせる。

加えて、この作品では海と港が効果的に使われる。香港が港町であり、船と波止場がノワールやアクション映画に欠かすことにできない舞台であることを考えれば納得がいく。

全面ガラス張りの今ふうな警察の建物の窓からは、常に海が見えている。この作品は警察内部の抗争が重要な鍵になっているが、それは常に海を背景にしながら語られる。僕は香港にあまり詳しくないけど、おそらく香港島側北角(ノース・ポイント)のもっと東側から、ヴィクトリア湾をはさんで九龍半島の新市街を遠景とする場所で撮っているのではないか。

「過去」の場面で、ヤンは武器取引のために小さな船に乗り込む。夜の海に揺られながら、遠く町の灯りを背景に風に髪をなびかせる少し疲れた表情のトニー・レオンのショットは、男の僕が見ても惚れ惚れする。女性ファンならたまらないだろうな。

その後、波止場でのヤンとシェンとヨンのからみ--銃撃戦と、ある重大な秘密が分かってのやりとりは、3人の立ち姿が闇のなかで逆光に浮かび上がって陶然とさせられる。ここはクライマックスの伏線になるだけでなく、後々まで、この映画でまず思い出すショットとして記憶に残りそうだ(このシーンではじめて、第1作でヤンが手にギプスをしていた理由が分かる)。

完結編は、いわばラウの内と外での破滅の物語といえる。心の内で、ラウは自らが殺したヤンやマリーやウォンの影から逃れられない。外側では、「警官として生きる」ためにラウは潜入マフィアを摘発し殺しつづけることによってしか、自らが元潜入マフィアであることを隠しおおせない。しかしラウが潜入マフィアと睨んだヨンは、ヤンと波止場のシーンである誓いを立てていた……。

ラストシーン、車椅子にのったラウは、またしても幻影を見ている。2人のマリー--ファム・ファタールとしてラウの運命を決めたボスの女、子供を連れてラウの元を去った妻--がやってきて、ラウに拳銃を向ける。

死んだヤンも、繰り返しラウのもとへやってくるだろう。ラウは指先で車椅子のフレームをモールス信号のようにたたいているが、それはすでにヤンの癖がラウに乗り移ったものに他ならない。画面は第1作の冒頭、ラウとヤンがオーディオ店で初めて顔を会わせるシーンにメビウスの輪のように回帰し、身体は屍となったラウの心の中で無間地獄がつづくことを暗示して終わる。

完結編はラウ=アンディ・ラウの映画だ。精悍なマスクが、心の葛藤がもたらす陰翳を帯びていっそう引き立ち男っぽい。トニー・レオンはケリー・チャンとのからみが多く、それだけ第1作に比べひときわ女殺しの優男(やさおとこ)に見える。ファンは痺れるだろう。

さらに新しく加わったレオン・ライと大陸の俳優チェン・ダオミンがいい。エリート警官か潜入マフィアか、どちらとも取れる複雑な表情を見せるライ。黒のコートにサングラス、顎髭と、いかにものコスチュームで香港ノワールにぴたりとはまったにダオミン。エリック・ツァン、アンソニー・ウォンの脇役も3作通して健在で、彼ら男優を見ているだけでも心おどる。

映画的感動ということでは、正直のところⅠとⅡにいささか及ばない。多分、Ⅰ、Ⅱで張られた伏線を解決するためにやや説明的なこと、ヤンとリーのラブストーリーが別のテイストになっていること、などの理由によるのだろう。でも3本の『インファナル・アフェア』は香港ノワールの最高傑作だと、ためらいなく断言できる。


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Comments

TBありがとうございました。

「~3本の『インファナル・アフェア』は香港ノワールの最高傑作だと、ためらいなく断言できる。~」

全く同感です。こうした映画が日本映画にも登場することを求めたいところですが、監督、脚本家、役者、何れも薄すぎるなあー、というのが正直なところです。

Posted by: nikidasu | April 26, 2005 01:45 AM

こういう映画はスタッフ、キャストから出資者まで、業界全体の厚みがないとつくれませんからね。5社体制が崩れて以来、日本では映画づくりの財産が蓄積されないまま、ここまで来てしまったような気がします。

Posted by: | April 27, 2005 12:29 PM

はじめまして。
『インファナル・アフェア(無間道)』を(最近)見て、すっかりアンディファンになった通りすがりですw
雄さまの『インファナル~Ⅲ』はラウの映画、という言葉に激しく同意します。
ただ、ネタバレストーリーの中でちょっと内容と違っているところがあるので、さしでがましいかとは思いますが、訂正させてください。

ラウはヤンを殺していませんよね?
ウォン警視の死は確かにラウの責任ですが、本人はそれを望んではいなかったし、それ自体がサムとの決別のきっかけになったのだと思います。
ヤンが撃たれた時のラウの悲痛な瞳を、私は忘れられません。

それからこれは私の解釈ですが、ラウがリー医師に近づいたのは、ヤンの過去を『探る』ためではなく、純粋にヤンに触れたい、同化したいという気持ちの結果なのだと思いました。そのへんからもうすでに壊れかけていたんではないでしょうか。
『Ⅰ』の最後、ヤンが警察学校を後にするシーンで、『現在のラウ』の顔で「(ヤンに)なりたい」とつぶやいたセリフ。あれがそのまま『Ⅲ』のラウの精神状態に続いているのだと思います。

『Ⅲ』のラウの気持ちが哀しくて、痛くて、思い出すたびに涙が止まらないのです。
この三部作は奥深い、本当によくできたいい映画だと思います。

そしてアンディ・ラウ、すごい役者さんだなあ、と思いました。

余計なことを長々と書き込んでしまい申しわけありませんでした。
不快な思いをさせてしまったのではないといいのですが。。

Posted by: laulove | May 02, 2005 12:30 AM

>lauloveさま

ご指摘ありがとうございます。

ラウがヤンを直に殺したのでないことはご指摘の通りです。ただ、ラウの内通がヤンの死をもたらしたことは確かなので、四捨五入して「ラウがヤンを殺した」と書きました。「ラウの悲痛な瞳」は、自分が殺してしまったのだ、という自責の表現ではないかと。

ラウがリーに近づいた動機は、ご指摘の通りかもしれませんね。私は深く考えずに「過去を探る」と書きましたが、lauloveさんの解釈のほうが筋が通るような気がします。

「不快な思い」など全然してませんのでご心配なく。「ラウ=アンディ・ラウの映画」に同意していただいて嬉しいです。

Posted by: | May 02, 2005 02:10 PM

香港ノワールといわれる映画を観ていないのですが、本当に
素晴らしいシリーズでした。
3は、ちょっとこじつけというか説明的な事と、ラブストーリーが
入ってくるので、2が大好きだった自分には少し物足りなかったです。でも、ついに完結できた! という達成感はあります。
DVDが出たらエンドレスで観たい「インファナル・サーガ」です!

Posted by: bakabros | September 23, 2005 07:39 PM

>bakabrosさま

ラブ・ストーリー抜きの2が大好きとは、bakabrosさんはきっと深々としたノワール的感性の持ち主でしょうね。

Posted by: | September 27, 2005 01:00 AM

お久しぶりです。
コメント&TB失礼します。
やはり前2作と比べると見劣りしますかね。
最終章ということで紐解きをせねばならず、
その制約を考えると致し方なしでしょうか。
まさしく香港ノワールの金字塔ですね。

Posted by: 現象 | October 29, 2006 01:36 PM

最後はどうしてもいろんなことに決着をつけなくてはいけないですから、仕方ないんでしょうね。でも、『仁義なき戦い』シリーズが次々につくられた結果、役者(同じ役者が別の役で登場)や筋がぐちゃぐちゃになったのに比べれば、3作ということもあってまとまっていますね。

この後、香港ノワールがまた続々と出てきたのも嬉しいですし。

Posted by: | October 30, 2006 10:20 AM

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