『サイドウェイ』と70年代映画の記憶
アレクサンダー・ペイン監督はこの映画をつくるに当たって撮影のフェドン・パパマイケルにハル・アシュビーの作品を見せた、という記事を読んで、『サイドウェイ』の何ともぬるい感じの心地よいテイストがどこから来ているのか、その一部が分かったように思った。
ハル・アシュビーは1970年代から80年代にかけて、そんなに数多くはないが印象的な映画をつくっていた。当時、「アメリカン・ニュー・シネマ」と呼ばれた新しいハリウッド映画の、どちらかといえば地味な一員で、『真夜中の青春』『さらば冬のかもめ』『シャンプー』『帰郷』『800万の死にざま』といったところが主な作品。
なかでもジャック・ニコルソンの『さらば冬のかもめ』、ジュリー・クリスティーの『シャンプー』、ジェフ・ブリッジスの『800万の死にざま』が記憶に残っている。脱力系とでもいうのか、そこはかとないユーモア、淡々とした語り、マイナー感覚、柔らかな色彩、「決め」をはずしたフレーミングなんかが特徴的。
『800万の死にざま』でジェフ・ブリッジスと悪役が互いに拳銃を向けあい(タランティーノ以降、『インファナル・アフェア』にいたるまで流行したあれの原形と思う)、でも互いにへっぴり腰で「拳銃を捨てろ」と叫ぶのを、ガランとした倉庫の空間を取り込んだ「引き」の画面で緊迫感というよりユーモアを湛えて捉えたシーンなんか、ハル・アシュビーの面目躍如だった。そんなセンスが『サイドウェイ』には流れこんでいる。
この映画は、キャラの異なる2人が絡む「おかしな2人」系列のコメディーや、ロードムーヴィ、スラップスティック(ワイン畑を駆け抜けたり、車を壊したり、財布を盗んだり)といった映画史のジャンルを踏まえているけれど、もうひとつ70年代映画のセンスも忘れてはならない要素のひとつ。実際、主役2人のからみは『スケアクロウ』を思い出させるし、逆光にきらめく草原のピクニックのシーンは『明日に向かって撃て』を彷彿させる。
主人公は大学の寮で同室だった2人の中年。ひとりは小説が出版されるのを夢見る、離婚したばかりの作家志望の高校教師(ブコウスキーが好きというんだから、長大な小説がどんなものか想像つきます)。もうひとりは、かつては人気テレビシリーズに出演したこともある、結婚式を1週間後に控えた落ち目の役者。鬱気味の教師はカリフォルニア・ワインのオタクっぽい愛好者で、一方、落ち目の役者はかつての人気シリーズの役を女性に思い出させてはナンパする女好きだ。
教師が役者の結婚を祝って、カリフォルニアのワイナリーをめぐる1週間の旅に出る。ワイナリーに働く2人の女性と知り合うが、教師はワインの蘊蓄を傾けるばかりで女性を口説こうとせず、役者は火遊びのつもりが相手が本気になり……。教師は役者の女好きにあきれ、役者は教師の臆病を笑う。
厳しい競争社会であるアメリカでは、どちらかといえば「負け組」に属する2人の中年男の心情に、アレクサンダー・ペイン監督は寄り添っている。「サイドウェイズ」(脇道)というタイトルが示すように、そんな「小さなもの」の心に敏感な監督なのだと思う。
「勝ち組」への皮肉と反感がもろに出た『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』(何て邦題だ)も、定年退職した会社員の感情の揺れをユーモラスに描いた『アバウト・シュミット』も、「小さなもの」への優しい視線がベタにではなく突き放したコメディーとして提出されているのが好ましかった。
『サイドウェイ』はカリフォルニア・ワインを生む谷にロケされ、男2人やカップルの会話を通してカリフォルニア・ワインについての蘊蓄が傾けられる。ワインと2人の中年男の生き方が重ね合わされているので、ワインについて触れないとこの映画を語ったことにならないのだけど、知識がないので、ふーんと感心するばかり。
でもアレクサンダー・ペイン監督のコメディーは、いつもビターなチョコレートのような味がする。
Comments
こんばんわ。
「The Aviator」に続き、拙宅へのTBどうもありがとうございました♪
「ビターなチョコレート」って表現、ぴったりですね。派手さはないですが、あとからじわじわ沁みてくる感じの映画でした。思いつくままに書きなぐっただけのエントリですがこちらからもTBさせて頂きますね。
Posted by: 「あ」嬢 | April 19, 2005 12:07 PM
>「あ」嬢さま
TB&コメントありがとうございます。
こちらも「坂を下りはじめてる」ので、マイルスにはもろに感情移入してしまいます。あの情けなさは身に沁みます。
Posted by: 雄 | April 19, 2005 10:23 PM
ハル・アシュビーはリアルタイムで観ることができたという意味で
『チャンス』『ザ・ローリングストーンズ』が強烈に印象に残っていますが、この2作は関係なさそうですね(笑)。
そいうえばアシュビーの視点とブコウスキーというのは案外通じる点もあるような気がします。なるほど、です。
Posted by: kiku | April 19, 2005 10:31 PM
>kikuさま
『チャンス』は未見ですが、『ザ・ローリングストーンズ』は良かったですね。
アシュビーもブコウスキーも、映画らしさ、小説らしさをするりとすり抜けてしまう、ふにゃっとした感触、「らしさ」に反発するというより無視してしまう感じでしょうか。アシュビーは品が良く、ブコウスキーははちゃめちゃですが。
Posted by: 雄 | April 19, 2005 11:07 PM
はじめまして!
以前トラックバックして頂いたものなのですが、まさか自分のような文章にトラックバックがあると思わず、というより生まれて初めてのトラックバックでしたので、驚きと共に感動を覚えてしまいました。ありがとうございます。
雄さんの文章はとても丁寧に書かれていて、なるほど活字の人なんだなと感心してしまいました。ブログの作法のところで肌に合わないとおっしゃっていましたが、全然そんなことないですよ!キレイな文章を読んでしまうと、こちらが物を書いてよいものかと冷や汗を流してしまいます…。これからものぞかせて頂こうと思います!
本当に初トラックバック感動でした!これからもよろしくお願いします!
Posted by: KOI | May 02, 2005 01:18 AM
>KOIさま
KOIさんのブログは、とても面白いですよ。言いたいことが詰まっているし(詰まりすぎてちょっと読みにくいですけど)、映画が好きなことがびんびん伝わってくるし。
KOIさんがブログで書いている、「風になびく草原でワインを飲む場面」とか、「夜気に触れながらの会話」とか、こういうシーンを拾い上げられるのは映画が本当に好きな人だと思います。
どんどん書いてください。これからも楽しみにしています。
Posted by: 雄 | May 02, 2005 02:29 PM
やっぱりちょっと詰まりすぎですか…。よく言われます笑
でもこれでもまだ言い足りない部分があるので、難しいですね。意見言っていただけるととても参考になります!
半端な映画好きにならないよう、精進します!
Posted by: KOI | May 02, 2005 11:29 PM
詰まりすぎといっても、内容を軽くすることはないと思います。改行とか1行アキとか、体裁での読みやすさを心がければいいのではないでしょうか。
Posted by: 雄 | May 04, 2005 11:53 PM