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March 13, 2005

松江泰治 見下ろされた都市

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松江泰治の『CC』(大和ラジエーター製作所)は、見下ろされた都市の写真集である。

どの写真も、おそらく百数十メートル前後の高さから一定の視野、一定の角度で都市が見下ろされている。写っているのはビルと屋根と窓と、散在する緑。空中写真ではない。航空機からの視覚にくらべれば、ぐっと低い。すべて太陽が真上にある時間にシャッターを切った、陰影のない都市のランドスケープ。

いわば六本木ヒルズの展望台から見た真昼の東京。でも、人間が肉眼で見る風景と違うのは、そこに眼球の精度とは比較にならないくらい先鋭な大型カメラのレンズが据えられていることだ。そのレンズの精度と陰影を排除することによって、むきだしにされたような都市風景が展開されている。

パソコン画面などに向き合っている文明人の眼球の精度は悪いけれど、アフリカの狩猟民やアボリジニーは地平線の彼方にぽつりと現れた人間の頭を識別できるという。松江泰治の写真は、喩えていえば狩猟民が六本木ヒルズ展望台から東京を見下ろしているようなものかもしれない。

写真は、どの都市を撮っているのかが、ちょっと見にはわからない。東京なら東京都庁、ニューヨークならクライスラー・ビル(つい数年前までなら世界貿易センタービル)といった、誰にでもわかるランドマークは避けられている。ヒントは「CHI」「PAR」といった、空港につけられるような略号のみ。だから、ここはどこだろう、何が写っているんだろうと、写真の細部に目を凝らすことになる。

例えば「CHI 0254」(おそらくシカゴ)とタイトルされた作品(写真下)は、画面いっぱいに多数の高層ビル群が写っている。いちばん目立つのは直線のみで構成された直方体の、1950年代から70年代に建てられただろう合理主義一辺倒の高層ビルだが、それらに埋もれるように頭部に尖塔や、円柱とドーム屋根の装飾をほどこされた1920~30年代の高層ビルが見える。さらに、直方体をさまざまに崩したポスト・モダンな80年代以降の新しい高層ビルも見える。

大型カメラのレンズの焦点深度は深い。だから、画面いっぱいに写りこんだそれらのビル群のいちばん手前からいちばん奥まで、すべてにきっちりとピントが合っている。どこか1ヶ所にしかピントが合わない肉眼とは見え方がちがう。だからそこに捉えられたビル群は遠近感と立体感を失い、2次元の空間に面と面がひしめきあう奇妙にリアルな風景となって見る者の目に飛びこんでくる。

そんなふうに写真を読んでいくと、1枚1枚につい立ち止まってしまう。

「PAR 0354」はパリだろう。パリ市内に高い建物はないから、こちらは6、7階建てのアパルトマンが画面いっぱいに広がっている。ここでいちばん目立つのは、最上階の屋根裏部屋とその出窓だ。その連なりは、まるで都市のなかを高架の列車が走っているようにも見える。建物ごとに工夫をこらした、しかし基本的な構造は変わらない屋根裏部屋と出窓の並び具合やその屈曲が、画面には見えない街路のありかを示している。

「PEN 0219」は、たぶん東南アジアの都市のチャイナ・タウン。香港島の古い商店街と同型の家がずらりと並んでいる。表通り側には漢字と英文表記の商店の看板。裏通り側にはアジアの都市らしく洗濯物と鉢植えの植物。

そして細部にさらに目をこらしていくと、写真のそこここに通行人が写っている。身長1.5ミリから2ミリほど。レンズは、彼らが大またで歩いたり、立ち止まって2人で立ち話をしているさまを鮮明に捉えている。50階建ての高層ビルの全景と、その下の歩道をさまざまな姿勢で歩く通行人のひとりひとりが、ともに1枚の写真のなかにかっちり描写されているのだから驚く。

そして松江泰治は、ビルや建築物とともに、ひとりひとりの人間をくっきり捉えるためにこそこの高度を選んだのかもしれない、と深読みをしてみたくなる。これより高度を上げた航空機からの空中写真では、人間はおそらくただの点になり、さらに高度を上げると、ついには消失してしまうだろう。

人間がその輪郭を失ってただの点になり、あるいは消失してしまう空中からの視線とは、短絡を承知で言えば重慶ードレスデンー東京ー広島とつづく「戦略爆撃の思想」につながる視線にほかならない。高高度から爆弾を投下する「戦略爆撃の思想」においては、ひとりひとりの人間が意識されることはない。人間を点や数字に還元しなければ、非戦闘員への無差別爆撃など発想されるはずもないからだ。

松江泰治が選んだ地上の高地点は、都市の人工的風景のなかで、人間のひとりひとりが固有の輪郭を持っていることを認識できる、ぎりぎりの境界点といえるだろう。

『CC』は、そんなことを考えさせる豊かな情報と刺激にあふれ、見るだけでなく、写真を読む楽しさの詰まった写真集だった。

これまで松江泰治は、高地点に大型カメラを据えるという方法で、都市ではなく、世界の乾燥地帯の風景を撮ってきた。その成果で、写真界の芥川賞といわれる木村伊兵衛賞を受賞している。今回の『CC』をメインに、それ以前の乾燥地帯の風景も交えた写真展「CC gazetteer」が表参道のNADIFFで開かれている(4月17日まで)。


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