『ダブリン上等!』クールでハートウォーミング
ファースト・シーンの6週間前から、物語は始まっている。ダブリンで、どこにでもいそうなカップルが、どこにでもありそうな理由で別れた。男(キリアン・マーフィ)は未練たっぷりで、勤めているスーパーで同僚の親友にいらだちをぶつけている。女(ケリー・マクドナルド)は、はやくも歳上の銀行の支店長を恋人にして、同棲をはじめようとしている。そこまでが、映画が始まる以前の設定。
TOMATOの手になる洒落たタイトル・シークエンスが終わると、コリン・ファレル扮するチンピラが、カフェでレジの女の子を口説いている。と、いきなり強盗に変身して、レジの金を奪って逃走する。居合わせた刑事がファレルを追いかける。そこから映画はぽんぽんとテンポよく、多彩な登場人物を紹介してゆく。
女の妹(シャーリー・ヘンダーソン)は、唇の上のうぶ毛が髭のように濃い、男嫌いの女の子。その妹と母親の乗っていたバスが、悪ガキの投石で横転し、不運なバス運転手はクビになる。男の親友は長いこと恋人不在だったのが、熟年向けのシングル・バーで銀行支店長に捨てられた妻と出会い、セックス・フレンドになる。
ほかにも色んな脇役がいて、ちょっとしたエピソードが積み重なって、結局、男とチンピラとバス運転手が、男の元恋人の住まいに押し入って彼女を人質に取り、支店長に命じて銀行から金を強奪しようとする。
そんな群像劇が、ダブリンの街角やパブやスーパーや住宅を背景に繰り広げられる。くすんだ地方都市のような首都のさびれた路上や、郊外に広がる緑の野や、飲んだり議論したりの活気あふれるパブや、たいした家具もない質素な住宅が、見事な手持ちカメラで捉えられている。ダブリンを舞台にした映画は何本か記憶にあるけれど、この映画の、とりたてて特徴のないヨーロッパのどこにでもありそうな都市風景は、それだけダブリンの本当の姿を伝えているかもしれない(ダブリン、行ってみたいなあ)。
ところで多彩な人物が織りなす群像劇といえば、どうしてもロバート・アルトマンを思い出す。アルトマンの群像劇は、たいてい同時進行でいくつもの物語が展開し、時には人物たちが互いに無関係で、映画が終わるまでまったく顔を合わせないことすらある。アルトマンより若いポール・T・アンダーソンの『マグノリア』(傑作!)になると、物語の因果関係がいよいよ希薄になって、不条理劇の匂いさえしてくる。
『ダブリン上等!』は、そんな現代的な群像劇とは味わいが違う。一組のカップルが別れたことから、連鎖反応的に次から次へ出来事が起こって、ついには犯罪にまで行きついてしまう。ジグソーパズルの一片をはめこむ場所を間違えたために、誤りが誤りを呼び込んでしまうような、因果関係が一本の糸でつながった、ある種古風な趣きをもっている。
それでいながら映画のつくりが古さを感じさせないのは、舞台になっているダブリンの風景がリアルなこと、かっぱらいやらリストラやら不倫やらのエピソードが今ふうなこと、そしてなにより登場人物がチョイ役にいたるまで生き生きしているからだろう。笑いもたっぷりあり、アイリッシュの英語が分かれば、多分、もっと笑える。
彼女いない歴が長い欲求不満の親友。なにかというと「ケルト魂」をふりかざすのが滑稽な、強面の刑事。ビジネス書のせりふをオウム返しして笑わせるスーパーのマネージャー。やたらと石を投げて小さなカタストロフをもたらす狂言回しの悪ガキ。パブで誰彼かまわずギネスをたかる車椅子の常連のじいさん。これだけの人数が登場すると、エンドマークが出るまでついに区別がつかない人物がいたりするものだけど、この映画ではそんなことはなかった。
映画の途中から、多分そうなるだろうなと予想できるように、最後にはジグソーパズルの一片は収まるべきところに収まる。くっつくべき男と女はくっつき、元の鞘に納まるべきカップルは元に戻り、パブでは今夜もじいさんがギネスをねだっている。クールだけどハートウォーミング。そしてダブリンでも人生は続く。
チンピラのコリン・ファレルが、いかにもその辺にいそうなあんちゃんでいい。『アレキサンダー』は見てないけど、多分、こっちのほうがぴちぴち跳ねてる。妹役のシャーリー・ヘンダーソンは可哀想な役どころ(ラストではきれいになるんだろうと思ってたら、最後まで口ひげ)を熱演。『トレインスポッティング』や『ブリジット・ジョーンズの日記』もそうだったけど、イギリス圏映画に欠かせない、癖のあるバイ・プレイヤーだね。
ところで、この映画の原題は「interMission」だけど、「ダブリン上等!」ってどういうココロなんだろう? 気分は何となく分かるけど。
Comments
TB&コメント、ありがとうございました!
雄さんのレヴューはとても端整でクールで、すてきな紹介文になってるなあ、と思いまして此方もTBさせていただきました。
ほかの記事も大変面白いので、これからも拝読に伺うと思います。
Posted by: shito | March 10, 2005 09:54 PM
>shitoさま
shitoさんの英国ーアイルランド系の映画への愛と造詣はすごいです。こちらからも訪問させていただきます。
Posted by: 雄 | March 13, 2005 02:33 PM