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January 22, 2005

プラチナ・プリントの『地図』

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『日本の写真家 33 川田喜久治』(岩波書店)から

川田喜久治の『地図』(1965)は伝説的な写真集だ。原爆と戦争をテーマにしながら、社会的リアリズムから思い切りよく切れた即物的な表現といい、杉浦康平による凝りに凝った印刷・造本といい、戦後日本の写真史のなかで屹立した写真集として存在している。印刷部数も少なかったから本物を見る機会もなかなかなく、僕も10年ほど前に初めて見た。

その川田喜久治作品展「地図」が田町のギャラリーPGIで開かれている(2月10日まで)。最大の驚きは、作品がプラチナ・プリントで展示されていたこと。

プラチナ・プリントは19世紀からある古い技法で、通常の写真(ゼラチン・シルバー・プリント)では銀が光に感光する性質を利用しているのに対して、銀のかわりに白金を印画紙に塗って感光させる。シルバー・プリントに比べて、黒の深さ、銅版画のような細密描写、グレーの階調の豊かさなど、段違いに優れている。高価で手間のかかる、手工芸的印画。密着でしかプリントできないから、今回はオリジナル・ネガをスキャンして大きなサイズのネガを作ったという。19世紀の技法がデジタルを使って蘇った。

2003年の「川田喜久治展 世界劇場」(東京都写真美術館)にも「地図」は展示されていて、僕はそのとき初めて「地図」のプリントを見た。シルバー・プリントだったけれど、作者の意図に添って周到に印刷された写真集のイメージと違って、なんだか普通のドキュメンタリー・フォトに近い印象を受けたのが意外だったのを覚えている。

今回のプラチナ・プリントは、そのときのシルバー・プリントに比べてずっと写真集の硬質で即物的なイメージに近い。冷たくて、しかも官能的な感触をたたえている。それが川田の意図するところなのだろう。「シルバー・プリントの水っぽさがなくなった。カリカリした質感があるでしょう」と彼自身も語っている。

原爆ドームの天井のしみ。泥水のなかに踏みにじられた日の丸。廃墟となった要塞。被爆者のケロイド。捨てられたコカコーラの瓶やラッキーストライクの箱。勲章を胸にした将校の記念写真の複写。それら拾い集められた「時代のモニュメント・オブジェ」によって、戦後日本の精神の「地図」が、川田のイリュージョンのうちに描き出されている。これらのイメージ全体が、川田が幻視した原爆ドームの天井画であるような錯覚におちいった。


(追記)新版『地図』が月曜社から刊行された(定価12,000円+税)。中身は旧版と変わらないが、造本・装幀は新しくなり、小冊もついている。

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Comments

YY様
「木村伊兵衛賞の三十年」を早々に頂き有り難うございました。
いつだったか、頂いたこのweb log拝見しましたが、どなたかわかりませんでしたが、お手紙で思い当たりました。「地図」のプラチナが官能的だとは恐れ入りました。確かに「しみ」を軸に眼のフェテシズムが隠れていることを指摘されています。新版「地図」もブログのコンシェルジェと云われる月曜社HK氏とYK氏が作ってくれました。ご健筆を祈っております。 KK

Posted by: kawada kikuji | April 16, 2005 at 08:02 PM

kk様

作者からコメントをいただき光栄です。と同時に恐縮しております。新版『地図』、写真と造本が織りなす濃密な空間に圧倒されます。「ウラゲツ・ブログ」はいつも興味深く見ています。

Posted by: | April 16, 2005 at 11:05 PM

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