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January 18, 2005

『ターミナル』のアメリカ礼賛

スティーブン・スピルバーグがハリウッドを代表する監督であることは異論がないとして、でも僕はなぜか彼のヒューマン・ドラマといわれる系列が好きになれない。

とかいって、そもそも『カラーパープル』も『シンドラーのリスト』も見てないんだから食わず嫌いというか、言いがかりに近いかも。でも、スピルバーグのどんな作品からも感じとれるヒューマンな優しさと、しかしその裏に張りついているアメリカ的なイデオロギーの匂いがどうも気になる。

『ターミナル』もヒューマン・ドラマ系列のエンタテインメント。斜めから見ることさえしなければ、とても楽しめる作品に仕上がっている。

観客を笑わせたり泣かせたり、喜怒哀楽を自在にあやつるスピルバーグの演出は見事なものだし、英語がわからない東欧人を演ずるトム・ハンクスは絶妙。ファム・ファタール風のメークと髪型で出てくることの多いキャサリン・ゼタ=ジョーンズがナチュラル・メークで新しい魅力を感じさせるのもいいし、最後にジャズ・プレイヤーのベニー・ゴルソンがちらっと、でも重要な役で出てきて演奏を聴かせるのも憎い。それにJFK空港のロビーを再現した見事なセットを見るだけでもお金を払う価値がある。

でも、と臍曲がりの虫がうごめき出す。

この映画にはモデルがある。パリのド・ゴール空港にはパスポートを失ったイラン国籍の男が今も住んでいるという。彼をモデルに映画化するに当たって、スピルバーグはド・ゴール空港をニューヨークのJFK空港に、イラン国籍を架空の東欧国籍に変えた。

トム・ハンクスはクラコウジアという東欧の社会主義国から、ある「夢」をもってニューヨークにやってきた。ところが飛行中に祖国でクーデタが起こり、ビザが無効になってアメリカへの入国許可も下りず帰国することもできず、空港ロビーに居つづけるほかなくなってしまう。

ド・ゴール空港をJFK空港に変えたのは、9.11以後のアメリカが外国人の入国にきわめて厳しい制限を加えていることを考えると、単にアメリカ映画だからという以上の意味をもってしまう。つまらない深読みをされても仕方ない設定になってしまった。

一方、イラン国籍を東欧国籍に変えたのは、ハリウッド的なリスク回避。イラクに戦争を仕かけた後、ブッシュの次の標的がイランであることははっきりしているから、イラン人がアメリカに入国できないという設定は少々やばいことになる可能性がある。東欧の、それも架空の社会主義国ならば過去の話だし、それにいま東欧諸国は親米だから問題はない。

空港にはさまざまなエスニックが働いている。アフリカ系はもちろん、ヒスパニックやインド系。一方、空港の警備局長は出世主義の白人で、これが敵役。官僚的な警備局長から無許可の薬を没収されそうになったロシア人をトム・ハンクスが救ったことで、彼は空港で働く人々のヒーローになる。

エスニックたちは皆でトム・ハンクスを応援し、ある者は故国へ強制送還されるという自己犠牲もいとわずに、ニューヨークへ行きたいという彼の「夢」を実現させようとする。だからここでは、エスニックたちにとってアメリカが「自由で豊かな国」であることが疑われていない。彼らにとってアメリカが「夢」であることが疑われていない。官僚的な警備局長までが最後にはトム・ハンクスの入国を黙認して「いい人」になってしまって、みんなが彼の「夢」の実現を祝福する。

9.11以後のアメリカのスローガンは「United We Stand(団結する我ら)」だった。その空気はブッシュ再選後も変わる気配がない。そのなかに『ターミナル』をおいてみると、異論を許さずみんなで「団結」しようという流れに、『インディペンデイス・デイ』のようなネオ・コンではなく、あくまでソフトにしかしすんなりフィットするスピルバーグのヒューマニズムとアメリカ礼賛を素直に楽しむ気にはなれない。

トム・ハンクスがついに行くことのできた雪の舞うニューヨークの街角が美しいだけに、ほんの短い時間プレイするベニー・ゴルソンのサックスの柔らかい音色が都会の粋を感じさせるだけに、素顔に近いキャサリン・ゼタ=ジョーンズが魅力的なだけに、その裏側のイデオロギーが気になる。

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Comments

昨日の夜、たまたまドイツ人の友人からこの映画の題材となったモデルが実在すると聞いたところだったので、とても興味深く読まさせてもらいました。確かにアメリカ礼賛という側面を持っているのは賛同しますが、この映画をもってしてネオ・コンに通底するものを感じてしまうとは! 観ていて心のどこかにあった違和感というのは、そういうものだったのでしょうか。

Posted by: nikidasu | January 20, 2005 01:50 AM

>nikidasuさま

僕がこんな感想を持ったのには前段があります。

かつて『プライベート・ライアン』を見たときに、果たしてこれはアメリカ礼賛なのだろうか、それとも反戦のメッセージが込められているのだろうか、と考えたことがあったのです。というのも、冒頭のノルマンディー上陸の長い長いシーン。手持ちカメラが兵士の目になって、ドイツ軍の砲火の下、舟挺から砂浜に放り出されるように上陸し、耳元を弾丸がびゅんびゅんかすめ、隣の兵士の手足がちぎれたりするのが余りにリアルで、戦場の恐ろしさをこれほどに描写した映画はないと思いました。またラストで、逆光を受けた星条旗がネガポジが反転した「黒い星条旗」に見えるショットがあり、ひょっとしてスピルバーグは、、、と考えたわけです。

その延長線上で『ターミナル』を見たわけですが、『プライベート・ライアン』は僕の勘ぐりすぎであることがはっきりしました。

ネオ・コンはともかく、アメリカのマジョリティーの気分を反映しているのは確かだとも感じました。


Posted by: | January 20, 2005 10:18 PM

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