なんだか久しぶりにプログラム・ピクチャーの空気を味わったような気がした。東映、東宝、松竹、大映、日活の5社の映画が日本映画のすべてで、各社が系列館で次々に作品を公開していた時代。全盛時は週代わりだから各社が年に100本近く、60年代でもそれぞれ数十本は上映されていたろう。
そんな量産体制のなかでつくられていたから、まあ、手抜きもある。よく考えればストーリーに辻褄の合わないところや、無理なところがある。先月見た映画と同じセットが出てくる。映画のテンポを変えるのに多用されたのはディスコで、踊りくるう男女をズームアップして、音楽が高鳴る。どの映画でも、チンピラが死に際に「兄貴、寒いなあ」とつぶやく。
でも映画と観客のあいだには、ある種の約束事が成立していて、「寒いなあ」というセリフに、またかと思いながらもじーんと来る。そんな、いい意味でのいい加減さがあったように思う。
『パッチギ!(朝鮮語で「頭突き」)』に、それと似たものを感じた。井筒和幸監督は自主映画からピンク映画のコースだから5社の現場とは無縁だけど、そんなプログラム・ピクチャーを浴びるほど見てきたことがよく分かる。はしばしに『まむしの兄弟』やら『893愚連隊』やら『人斬り与太』やらクレイジー・キャッツの映画の匂いがする。
京都のジャズ喫茶、GSのオックスのライブで「♪お前のすべて~」で観客が失神する冒頭。昔、よくあったなあ、こういうシーンで始まる映画。絶叫と激しい音楽で観客を巻き込んでおいて、救急隊員のコントふうな笑いがからむのが懐かしい。
朝鮮高校に通うヒロインが、対立する高校のワルにからまれ、ひとりが助けを求めにいく。あっという間に数十人が集団になって彼女を助けに走ってくる。どんなに学校が近いからって、そんな訳ないだろと思う間もなく乱闘がはじまって、あげくにバスを横転させてしまう。ずいぶん無理のある展開。だけど、パワーがあるから許そうか、って気になる。
涙と笑いと音楽が詰まったエンタテインメントを目指す映画だから、狙いは単純明快。話の骨格は『ウェストサイド物語』と、その下敷きである『ロメオとジュリエット』。京都の公立高校と朝鮮高校の生徒が対立し、顔を会わせると殴り合いの喧嘩の毎日のなかで、公立高校の男の子(塩屋瞬)と朝鮮高校の女の子(沢尻エリカ。可愛い)が恋をする。
時代は1968年。全編にフォーク・クルセダーズの「イムジン河」や「悲しくてやりきれない」が流れる(音楽は加藤和彦)。都はるみの「あんこ椿は恋の花」も流れる。はるみに合わせて歌っていた前田吟(ヒロインの親)が、「♪あんこ~」でレコードが引っかかって笑いを取る。ビー玉を飲まされた番長が、トイレで力むとビー玉がカチンと音を立てて転がりでる。映画のなかでヒロインの家族が「てなもんや三度笠」を見ている場面が出てくるけど、「てなもんや」や「シャボン玉ホリデー」みたいなコントが随所にはさまれる。
フォークルが好きな男の子とフルートを吹く女の子を、「イムジン河」が結びつける。日本人の男の子がヒロインとつきあって朝鮮人集落に出入りするようになると、いろんな摩擦が起きる。そこがこの映画のコアな部分。なぜ日本にたくさんの朝鮮人がいるのか、彼らがどんな目に遭いどんな生活をしてきたか、そんな歴史的な背景を『血と骨』は切り捨てたけれど、この映画はそのところを、紋切り型になるのを承知で語る。それはプロデューサー、李鳳宇の意志でもあるだろう。
フォークルや「てなもんや」ばかりでなく、この映画には60年代のアイテムがいたるところに顔を出す。教育映画を装ったポルノ『女体の神秘』や「11PM」。GSにマッシュルーム・カット。毛沢東語録に全共闘。ライオンと豹の合いの子、レオポン。北朝鮮への帰還船。村上龍の『69』も映画化されたけれど、60年代後半はそういう「ジャパニーズ・グラフィティー」の主役がすべて顔をそろえていた。
ヒーロー、ヒロインは新人で、正直なところ荷が重い。その分、前田吟はじめ回りの役者がそれぞれの役回りで見せる。ヒロインの兄の番長(高岡蒼祐)と、彼が妊娠させてしまう日本人の恋人(楊原京子)。教室で毛沢東語録をかざし、ロシア人のストリッパーに惚れてドロップアウトしてしまう教師(光石研)。
そういうアクの強い役どころが多いなかで、男の子にフォークルを教える酒屋の若主人になるオダギリジョー(モデルはアルフィーの坂崎幸之助)が、はんなりしたなかに芯を感じさせる京都の男を演じて見事。『アカルイミライ』や『血と骨』の凄みもよかったけど、この映画ではがらっと変わった柔らかさを見せる。ただものじゃない。
『ウェストサイド物語』でリチャード・ベイマーとナタリー・ウッドの歌う「トゥナイト」が対立するグループの最後の抗争を呼び寄せたように、京都の街や鴨川の河原や朝鮮人集落の上に「イムジン河」が流れる。大団円も『ウェストサイド』のようには決まらない、どちらかというと荒っぽい映画だけど、これだけ泣かせ、笑わせ、懐かしいフォークルまで聴かせてくれたんだから、ま、いっか。と、これもプログラム・ピクチャーの空気のせい。
(追記)この映画、1月22日の初日にシネ・リーブル池袋で見た。2巻目の途中から、いきなり画面が暗くなった。つくり手の意図的なものでなく、明らかに露出不足か光源不足。劇場に苦情を言ったら、フィルムが途中から暗くなっている、光源はいっぱいに上げているのだが、とのこと。この劇場に届いたフィルムだけプリントに失敗したのか、オリジナルがこうなっているのか。他の劇場で見た方、教えてください。
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