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December 21, 2004

深瀬昌久の黒

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このところタイトル(「本と映画とジャズ」)からはみ出して、写真のことばかり書いているような気がする。それだけ気になる写真展があるってことだろう。

森山大道にはじまり意欲的な写真集を次々に出版しているヒステリック・グラマーが、深瀬昌久の写真集を2冊刊行した。そのうちの1冊(『histeric Twelve』)と連動した写真展「WALKING EYE, 1983」が新宿の小さなギャラリー、PLACE Mで開かれている(12月29日まで)。

深瀬昌久といえば1960年代から70年代にかけて、妻を撮った『洋子』や、どす黒い自分のなかの闇をカラスに重ねた『烏』、80年代に入って、写真館を営む父の死の前後を撮った『父の記憶』など、自ら「私景」と呼ぶプライベートな、しかし見る者に深く突きささる作品群の作者として、森山やアラーキーと並んで常に気になる写真家だった。だが、1992年に事故によって脳挫傷の障害を負い、以後、作家としての活動は休止したままだ。

今回の写真展は1983年に「歩く眼」というタイトルで雑誌に連載されたもの。コントラストのくっきりした、ほれぼれするオリジナル・プリントが展示されている。

なにより面白かったのは、「歩く眼」というタイトルが示す通りに、写真家の眼が歩きながら何に反応し、どんなフレーミングでシャッターを押すのか、写真家という生きものの生理的な反射神経がそのまま作品化されているように思えたことだった。

ふつう写真家が写真を撮るとき、媒体の求めに応じて、あるいはそうでなくても写真家自身によって何らかのコンセプトが設定され、それに相応しいモチーフが選ばれることが多い。ところが深瀬昌久は、このシリーズではどんなコンセプトも、どんなスタイルもあらかじめ決めていないように見える。

どうやらかつて深瀬自身が暮らした場所を訪ね歩いているらしいが、それはただのきっかけにすぎず、写真の上にどんな痕跡も残していない。バブルへの助走を始めた時代に撮影されているにもかかわらずその気配さえ写っていない(そういう場所に住んでいなかった)ことも興味深いが、かつて暮らした場所を再訪しながら、写真家の「歩く眼」が本能的に反応したものにカメラを向け、その生理に従ってシャッターを押しているように思える。だからこそ写真家の意識によってコントロールされない裸の眼が露わにされているのだろう。

コンクリートがひび割れた公団住宅の壁の脇で、ゴム弾遊びをしているらしい女の子がいる。路面すれすれに低く飛ぶカラスの黒い姿がある。すれちがいざまシャッターを押したらしい、画面いっぱいに風になびく女性の髪の生々しいショットがある。闇のなかでモルタル壁の配管が街灯の光を浴びて光っている。

あるいはまた、人気のない公園のブランコが写っている。強い日差しを受けて白茶けた地面には、ブランコとチェーンとそれを支える鉄パイプとがくっきりと濃い影を落としている。その影の黒さは、プリントでは影を生み出している鉄パイプ自体の黒と区別がつかない。だから印画紙の平面上では、質量をもった実体である鉄パイプと、質量をもたないその影とが全く等価な黒として定着されている。そうした実体と影がひとつの黒となって織りなす奇妙な形が、現実とは異なる「もうひとつの世界」を予感させる。

この「歩く眼」が好んで反応するのは、日常のなかに、かすかにのぞいている裂け目のようなものに対してだ。その裂け目を、光と影のマジックで印画紙の上に拡大して、ほら、裂け目の向こうにはこんな異界があるよ、と見る者に誘いかけてくる。そうした「歩く眼」の生理の背後には、深瀬昌久がかつて暮らした場所で喚起された黒々とした記憶の海が横たわっていることは言うまでもない。そうした意味で、深瀬昌久はまぎれもなく1960年代の感性と精神を核心に抱えこんだ写真家だと思った。

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Comments

深瀬昌久をはじめティルマンス、ラリー・クラークなど面白く読ませてもらいました。TBありがとうございます。

Posted by: artshore | December 22, 2004 at 12:54 PM

artshoreさんは、ちゃんと写真展を見ていますね。僕はなかなか気になっているものも回りきれなくて。

Posted by: | December 22, 2004 at 06:21 PM

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