山崎ナオコーラはいい
今年の文藝賞受賞作、山崎ナオコーラの『人のセックスを笑うな』(河出書房新社)に、こんな描写があった。
「空は透度が高い。/吸い込まれそうだ。/ブラジャーの中の乳首のように、オレを引っ張る」
「オレ」は絵を勉強している19歳の専門学校生。女の子が自分を「オレ」と呼んでるわけではないし、男の子がブラジャーをつけて女装しているわけでもない。ごく当たり前の男の子が電車の窓から空を見上げている場面。
文章を1行ごとに改行しているから、センテhttp://www.blacklab-morphee.com/blog/tt_tb.cgi/121ンスを際立たせたいという意図があるのだろう。そこで山崎ナオコーラは、「ブラジャーの中の乳首」という女の子にしか分からない感覚でもって男の子の気持ちを語っている。普通はこういうことしないよね。
最近の小説はゲイと女の子とか、ゲイ同士とか、ピアス・フリークとか特異なカップルがいろいろ登場するけど、描写に関しては、ゲイならゲイの心と行動に沿って、フリークならフリークの心と行動に沿って、特異は特異なりに、普通は普通なりにそれぞれのコードに従って記述される。ところが山崎ナオコーラは確信犯的に、しかも軽々と誰も破らなかったそのコードを侵してしまっている。そこが面白い。
そういえば山崎ナオコーラというペンネーム(日に500mlのコーラを1、2本飲むコーラ好きらしい)も、『人のセックスを笑うな』というタイトルも、かなりヘンだ。だけどヘンであることを挑戦的に主張しているわけでもない。「ブラジャーの中の乳首」みたいな描写がたくさん出てくるわけでもない。当たり前のような顔をして、でもしれっとヘンなことをしている。
内容は19歳の「オレ」と、美術の先生である39歳の「ユリ」との恋物語。20代半ばの作者が、19歳の「オレ」と39歳の「ユリ」になりきって不自然さを感じさせない。素直に読む者を納得させる。
「恋してみると、形に好みなどないことがわかる。好きになると、その形に心が食い込む。そういうことだ。オレのファンタジーにぴったりな形がある訳ではない。そこにある形に、オレの心が食い込むのだ。/あのゆがみ具合がたまらない。忘れられない/三日と置かず、会いたくなった」
思わずうなずいてしまう洞察力。綿谷りさのような正統派ではないし、金原ひとみみたいに個性がほとばしるタイプでもないけれど、さらさらと流れる透明な水のような文章が気持ちよい。楽しみな作家がまた現れた。
関係ないけど、作者はどうやら僕と同じJR駅を使っているらしい。会社務めということだから、駅のホームですれちがっているかもしれない。
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