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November 09, 2004

安井仲治の触感

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安井仲治(やすい・なかじ)といっても、知ってる人は少ないかもしれない。写真好き、しかも写真史に興味のある人にしか、なじみのない名前かもしれない。知っていても代表作を数点見たことがあるくらいの人が多いに違いない。それほどに知られざる写真家だった。その安井仲治の初めての本格的な回顧展が開かれている(11月21日まで、渋谷区立松濤美術館。05年1月から名古屋市美術館)。

その写真は、たとえば路面の水の飛沫をハイコントラストで接写した「水」(写真上)を森山大道の写真にまぎれこませても、ほとんどの人は気づかないだろう。たとえば植物や魚を真上から捉えた静物を東松照明の作品にまぎれこませても、気づく人は少ないだろう。そんな現代性を湛えている。

安井仲治は戦前の近代写真の黎明期に大阪・神戸で活躍したアマチュア写真家。もっともアマチュアといっても、この時代、写真館の撮影技師を除けば、プロフェッショナルな写真家はほとんど存在していなかった(同世代の木村伊兵衛らが初めてプロとして東京で活動を始めた)。

昭和初期、関西は東京と並んで、というよりある意味では東京以上に同時代のヨーロッパの動きに敏感で、先端的な写真を撮るアマチュア写真家が揃っていた。「ライカ1台、家1軒」と言われるほどカメラは金のかかる道楽だったから、安井仲治(船場の洋紙店)も木村伊兵衛(下谷の組紐業)もそうだったように、アマチュア写真家の大半は金持ちのボンボンだった。この当時、関西の写真家が東京以上に活動的だったということは、その基盤をなす富裕層の厚みを示しているのだろう。

会場には、安井が10代で作品を発表しはじめた1920年代初頭から病没した1942年までの約250点が展示されている。これだけまとめて安井の作品を見ることができるのは初めて。「生誕100年 安井仲治 写真のすべて」というキャッチコピーに嘘はない。

1920年代から30年代にかけて、写真は絵画的な世界を脱して写真独自の表現を確立する激動期だったけれど、そうした世界的動向を反映して、安井の写真もあらゆる方法的な実験が試みられている。

絵画的な美意識を残す芸術写真、都市風景を切り取ったモダニズム写真、リアルなポートレート、スナップショット、ドキュメンタリー、フォト・モンタージュ、光と影を強調した静物。さらにフォトグラムやソラリゼーションがあることから、安井がマン・レイらのシュールレアリズム写真を同時代に見ていたことが分かる。年譜によると、1933年にはその年にフランスで刊行されたブラッサイの写真集『パリの夜』も見ている。

そんなさまざまなスタイルの写真を通して浮かび上がってくるのは、安井独特のモノの量感と触感だと思った。被写体となっているモノは物質であったり風景であったり、人や生きものであったりするけれど、安井の視線はそれらのモノにまっすぐに近づき、そのモノが発しているオーラに迫ろうとする。

フレームいっぱいに捉えられた船、牛、メーデーの労働者、機関銃、飛沫、蛾、魚といったモノたちからは、その存在の圧倒的なボリューム感が迫ってくる。またそれらのモノたちの、ざらりとした異様なテクスチュアが伝わってくる。

特にメーデーの「旗」、兵士と機関銃、檻に入れられた「犬」、「朝鮮集落」、神戸の亡命ユダヤ人を追った「流氓ユダヤ」と社会性を感じさせるドキュメント-スナップショット系の作品群をたどってゆくと、その暗く切迫した画面からは、短絡を承知で言えば、戦争へとなだれてゆく抗しがたい流れのなかで安井が感じていた「時代」の肌触りを想像することができる。その鋭敏な触感が、僕たちに安井の写真の現代性を感じさせるのではないか。

それは、僕の知っている同時代のどの写真家からも感じることがないものだ。たとえば同世代のトップランナーたち--東京という場所と、その才能とプロフェッショナルな立場の故に昭和10年代に国策的な宣伝に巻きこまれていった木村伊兵衛や土門拳(ひと世代下だが)の写真から感ずることもない。

安井の、あえて言えば時代への抵抗感が、首都ではなく関西の、アマチュア写真という有産階級の「道楽」のなかでのみ、しかも絵画的な美意識の残った優美なプリントによって表現されたのは、アートの逆説というべきなのだろうか。


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Comments

安井仲治の写真に写りこんだものの触感にはびっくりさせられます。立体写真みたいでつい触ってみたくなりました。

夭折したのは残念ですが、国策写真に加担させられなくてすんだのは、ある意味では幸福だったのかもしれませんね。

安井仲治の記事を書いたのでコメントさせていただきました。


Posted by: anastasha | November 20, 2004 at 11:31 PM

>anastashaさま

以前、近代美術館で見た野島康三のプリントの深さにもびっくりしましたが、この時代の手作り的なプリントの質感はすごいですね。「絵画的」というだけでは片づけられないものを感じます。

Posted by: | November 22, 2004 at 03:25 PM

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