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October 19, 2004

『誰も知らない』のみずみずしさ

上映館へ2度行ったのに満員で入れなかった『誰も知らない』を、やっと見ることができた。そのみずみずしさ、切なさに心が震えた。

東京の都心と羽田空港を結ぶモノレールの、それぞれに印象的なシーンが3度、出てくる。

ファースト・シーン。モノレールの座席に母(YOU)と長男(柳楽優弥)が座っている。長男は、スーツケースのへりを力をこめて触っている。実はそのなかには弟が隠れている。これから僕たちが見ることになる兄弟姉妹4人の「誰も知らない」漂流生活のなかでモノレールとスーツケースが重要な役割を果たすことを、是枝裕和監督はここでさりげなく知らせてくれる。

母が姿を消し、4人が2DKのアパートで人目を避けて暮らしはじめてしばらく後、誕生日を迎えた下の妹が、「今日は絶対にママが帰ってくる」と窓から離れようとしない。長男は、外へ出ることを禁じていた妹を連れて初めて外出し、モノレール駅へ母を迎えに行く。夜になっても母は帰ってこず、2人はモノレールがまるで光の箱が移動するように走るのを見上げて、立ちつくしている。それまで淡々と物語を進めてきた是枝監督は、ここで初めて闇のなかに光の箱が流れゆく映像を、繰りかえし映しだす。繰りかえすことで、感情が凝縮される。

ラスト近く、悲しい出来事があって、長男と女友だち(韓英恵)は夜のモノレールに乗る。空港を望む川べりで夜を過ごし朝を迎えた2人は、再びモノレールに乗って都心へ戻ってゆく。朝の空気のなか、2人の乗ったモノレールがビル群に吸い込まれてゆくロングショットが素晴らしい(このショットといい、優弥くんのアップといい、是枝監督は現代写真の表現を踏まえていると感ずる)。彼らはまた都会のなかの「誰も知らない」存在へと、その姿を消す。

そんなふうに、『誰も知らない』は一見さりげないようでいながら、とても緻密に組み立てられた映画だった。モノレールと同じように、4人が暮らす2DKに近く、コンクリート護岸の川や、坂の階段や街角のショットが何度か繰り返されて、兄弟の喜びや悲しみをそれらの風景が見つめている。

この映画は「西巣鴨子供4人置き去り事件」として、かつて週刊誌をにぎわした事件を素材にしている。是枝裕和はその事件を社会の側から描こうとはしない。4人兄弟、なかでも長男に寄り添って、その悲惨さ残酷さをではなく、外側からは悲惨とも残酷とも見える漂流生活のなかの子どもたちの「豊かさ」を描こうとした。

母に見捨てられ、金も尽き、電気も水道も止められた生活のなかで、長男は妹や弟のために力をつくして生きようとする。

乏しい金を工夫して妹や弟のために「アポロチョコ」や「さくさく天麸羅カップヌードル」を買う(妹弟役を演じる子どもたち自身の好物を映画に取り込んだ)。雑草の種を集めて、狭いベランダでカップヌードルを植木鉢にして育てる。隠れて暮らしていた妹弟3人と、初めてそろって公園へ行き、回転遊具に乗って全身に風を受けて遊ぶ(風景がぐるぐる回るこのショットも鮮烈)。幼い妹が歩くたびにサンダルがキュッキュと鳴る。側溝に置かれた置き石を踏むと、ことんと小さな音を立てる。そんな日常の細部への優しいまなざしがこの映画を支えている。

是枝監督の映画はよく「ドキュメンタリー的手法」と言われるが、それにしても子供たちの自然さにはびっくりしてしまう。もちろん是枝監督の演出によるものなのだけれど、子供たちへの演技指導という以上に、「場所」と「時間」の選択によるところが大きいのだと思う。

「場所」とは、この映画がセットを使わず、オールロケで撮られているらしいこと。実際に都内に古いアパートを見つけ、そこを1年間借りて撮影したという。映画の大半が狭い2DKでの室内劇。セットであれば、天井や床や壁をはずして自由にカメラをセットできるけれど(小津のローアングルとか)、現実のアパートではそれもむずかしい。引きのない空間のなかで演技経験のない子供たちの密室劇を撮るのは、想像以上に大変なことだったろう。でもその選択によってこそ、今の東京の空気をまるごと映しこむことができた。

「時間」とは、撮影に1年かけたこと。「製作日誌」を読むと、クランク・イン前に「優弥くんにおこづかいを預けて兄妹4人で代々木八幡のお祭りに出かける」といった記述がある。まず4人の子どもたちに兄弟のような雰囲気をつくり、物語の展開に沿って秋、冬、春、夏と撮影を重ねた。それによって子どもたちが自分の演ずる役の変化を自然に受け入れられるだけでなく、実際に子どもたちが1年のうちに声変わりしたり身長が伸びてゆくことや、役柄の上で次第に髪が伸び放題になり、Tシャツが汚れてゆくさまを、つくりものでなく撮ることができた。

繰り返すようだけど、この映画の「自然さ」は、監督の確かな計算と技術の上に生まれている。そして『幻の光』や『ワンダフルライフ』で自分のスタイルにこだわった映画づくりをしてきた是枝裕和が、ここでは良い意味での「大衆性」を否定していないことも映画に心地よいリズムをもたらしていると思う。

例えば音楽。これまでの監督の映画では考えられなかったことだけれど、クライマックスではテーマソング(タテタカコ「宝石」)が画面にかぶさってくる。さらには全編にゴンチチのアコースティックな音が流れ、残酷な話を中和してくれる(『無能の人』<竹中直人監督>のゴンチチの使い方と同じだけれど、そう言われることは覚悟の上だろう)。

「泣かせどころ」も、ちゃんと用意してある。2度のモノレールのシーン。女友だちが援交まがいで工面した金を受け取ることを拒否した長男が、夜の歩道を走る長い長い移動のシーン(見事な移動撮影)。

そういったことをすべて引っくるめて、是枝裕和監督の演出の力が、この2時間以上の長尺をゆるみなく、みずみずしい映画にした。優弥くんや、弟、妹たち、母を演じたYOU、彼らの表情と目の光を忘れることはないだろう。

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Comments

TBありがとうございました。
興味深い記事がたくさんあったのでリンクもさせていただきました。
これからもちょくちょくお邪魔しますね!

Posted by: 赤パン | October 19, 2004 at 08:41 PM

>赤パンさま

リンク、ありがとうございます。
私も赤パン帳のロンドン通信、いつも楽しみに拝見しています。

Posted by: | October 20, 2004 at 01:14 PM

お知らせするのが遅くなって申し訳ありません。
トラックバックさせていただきました。
感想とても面白く読みました。
文章が上手くて、羨ましく思います。
またちょくちょく来て、映画を学ばせて貰います。
では。

Posted by: asu | October 27, 2004 at 01:09 AM

>asuさま

コメント&TB、ありがとうございます。

<泣くことも理解の方法>というのは、その通りと思います。「さあ泣け」というあざとい映画に泣かされるのは、涙を流しながらそういう自分に腹が立ちますが、この映画はそうではありませんでした。ただ涙腺が刺激されただけでなく、自分のもっと奥深いところから突き上げてくるものがあったのだと思います。

これからもasuさんの感想、楽しみにしています。

Posted by: | October 27, 2004 at 09:01 PM

はじめまして。
TBありがとうございます。

趣味を聞かれたとき「映画鑑賞と読書」というと
自分がつまらない人間に思えて凹むことがありますが
『誰も知らない』みたいな映画に出会うと
趣味が映画鑑賞でよかったなあと思います(笑)。

邦画はあまり見ないため、是枝監督作品もこれが初めて。
他のものも見たくなりました。

Posted by: harumama | October 29, 2004 at 08:31 AM

>harumamaさま

harumamaさんの中国・香港、韓国映画をご覧になっている本数はすごい! 

私はどこの国ということなく「雑食」ですが、昔、『ウンタマギルー』という沖縄映画を見たとき、これは日本映画というより東アジア映画と考えるほうがいいんだな、と思ったことがあります。邦画も、その時代よりもっと強く中国・香港、台湾、韓国映画と結びついているようです。そんなところからもharumamaさんの邦画の感想を聞きたいですね。

僕が是枝監督の映画に感ずるのはホウ・シャオシェンへの親近感です。

Posted by: | October 29, 2004 at 12:52 PM

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