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September 20, 2004

『快楽通りの悪魔』の2人

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デイヴィッド・フルマー『快楽通りの悪魔』(新潮文庫)は20世紀初頭のニューオリンズを舞台にしたハードボイルドだけど、興味深い実在の人物が2人登場する。というより、この2人の人物をヒントにして書かれたと言ったほうが正確なのだと思う。

ひとりはジャズ草創期の伝説的コルネット奏者バディ・ボールデン。この小説は、ニューオリンズの赤線地帯ストーリーヴィルに起こった連続娼婦殺人事件を、フランス系とアフリカ系の混血であるクレオール探偵が追うというストーリーなのだが、ジャズは100年前にこの町の、とりわけストーリーヴィルの娼館や酒場で生まれた。ボールデンはクレオール探偵の幼なじみという設定で、事件に重要な役割を果たす。

もちろん小説のなかの話だけれど、実在のバディ・ボールデンはニューオリンズの路上で行進しながら演奏するブラスバンドのコルネット吹きとして抜群の人気を誇っていた。ラングストン・ヒューズは『ジャズの本』(晶文社)でこう書いている。

「当時、リンカーン公園でダンスがあるんだということをひとびとに知らせようと思うと、偉大な管楽器吹奏者のひとり、バディ・ボールデンが音楽堂に立ってかれのかがやくトランペットで一発ラグふうのブルースをぶっぱなしたものでした。みんなかれの演奏をとおくはなれた街角からきくことができましたので、ダンスに出かけようとしたものです」

ボールデンの録音はなく、その音を聞くことができないのが残念。

もうひとりは、ストーリーヴィルの娼婦のポートレートで知られる写真家アーネスト・J・ベロック。1970年にMoMAから『Storyville Portraits』という有名な写真集が出ている。小説のなかでも「そこには被写体の目の奥にある空虚が映しだされていた」と描写されているけれど、盛装していたり、下着姿やヌードの娼婦たちのポートレートは、笑っている女からもレンズをまっすぐに見ている女からも、魂を抜き取られたような虚ろな印象を受ける。

この小説が面白いのは、「あとがき」に参考文献が挙げられていることからも分かるように、きちんと考証されているらしいことだ。

作者が描写するベロックは、「フランス人の血を引き、透き通るような青白い肌をしていて、身長は5フィートそこそこだが、頭はカボチャのように丸く、大きい。医学用語で言うなら、水頭症だ。小さな身体は歪み、脚は曲がっていて、歩き方はアヒルのよう」な男だった。娼婦街を大型カメラと3脚をかついで歩く異形の小男のイメージは、それが本当かどうかはひとまず措くとしても、いかにもという感じがする。

作品としては、型通りながらまずまず楽しめた。それ以上に、主人公の探偵の目を通して描かれるニューオリンズの社会が興味深い。

当時のニューオリンズは4つの社会階層からなっていたという。いちばん上が、アングロサクソンとフランス系移民の子孫。次にフランス人とスペイン人の混血。その下に彼らとアフリカ系の混血であるクレオール。肌の色がどんなに白くても、アフリカ系の血が1滴でも入っていればクレオールとされた。クレオールも混血の度合いによって更に細かく、オクトルーン(8分の1混血)とかクワルドルーン、ムラートなどに分けられる。最下層にアフリカ系。

ストーリーヴィルの娼館もオクトルーンだけの店とかがあり、逆に白人娼婦の娼館にはクレオールやアフリカ系は入れなかった。当時の娼婦一覧には名前の後に略号がついており、「W」は白人、「J」はユダヤ人、「C」はカラード、「O」はオクトルーンを表している(「どれも単純明快だが、"フレンチ"だけは例外で、それはヨーロッパのとある国から来た女をさすわけではない」)。

まあ、こんなこと知っても何の役にも立たないけど。でも弱者がほんのわずかな差異をタテに、さらに弱者を差別することによって差別の体系ができあがっていることがよく分かる。

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