スローなフランク・カステニアー
ドイツのピアニスト、フランク・カステニアーの第1作『フォー・ユー(For You)』(UNIVERSAL)は全曲がバラードだった。といって、甘く心地よいだけのバラードではなく、抒情的なピアノのなかに斬新なフレーズがきらめいて聞き流せない。
このピアニストを知ったのは、僕がいまいちばん好きなトランペット、ティル・ブレナーのアルバム『チャッティン・ウィズ・チェット』(VERVE)のサイドメンとして。特に印象に残るピアノではなかったけれど、ブレナーがカステニアーの初リーダー・アルバムをプロデュースし、バックに参加もしているというので、そそられた。ピアノ・トリオを中心に、何曲かにブレナーが加わり、ストリングスも入る。
全編バラードとはいえ、ともかくテンポがゆったりしている。スタンダードの「今宵の君は(The Way You Look Tonight)」「いつか王子様が(Someday My Prince Will Come)」、1920年代ドイツのヒット曲という「バイ・ディア・ヴァー・エス・インマー・ゾー・シェーン」、ギルバート・オサリバンの名曲「アローン・アゲイン(Alone Again)」などが、スロー・バラードという言い方を超えた、なんともゆったりしたテンポと穏やかなリズムで演奏される。
あまりにもスローなので、逆に少し緊張していないと音と音のつながりを追えないくらい。聞き流していたら、なんかバラードふうなピアノが鳴ってるなあ、くらいにしか感じられないだろう。そのテンポと少ない音数で「今宵の君は」など10分以上を弾ききるのだからすごい。
そんなふうに気持ちを集中させて聴いていると、じわっとカステニアーの世界が立ち上がってくる。クールで官能的なピアノは、都会(彼の場合はベルリン)の夜の気分とでも言おうか。
なかでアクセントとなっているのが、ブレナーが参加している曲。「メンシュ」は去年、ドイツでヒットした曲らしい。8ビートのバラードで、バックでささやくようなブレナーのフレンチ・ホルンが利いている。ブレナー得意の、アンニュイな雰囲気。「フォー・ユー」はカステニアー自身の曲。ブレナーとカステニアーのデュオにストリングスが入り、美しいメロディーだけをアドリブ抜きでさらりと聴かせる。
参加しているミュージシャンは皆、長年組んできた仲間らしいけど、どの曲も互いの呼吸を知りつくしたリラックスした空気が漂っている。暑い夏の夜にこういうジャズは向かないけど、これからの季節にはいいね。

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