『堕天使のパスポート』の優しさ
スティーヴン・フリアーズの映画を何本か見ていると、2つのキーワードが浮かびあがってくる。ひとつは「ゲームとしての犯罪」、もうひとつは「移民、あるいはマイノリティー」。
フリアーズがハリウッドで撮った『グリフターズ 詐欺師たち』は、タイトル通り詐欺に生きる母親と息子と、その恋人の話だった(アンジェリカ・ヒューストンの強い母と、ジョン・キューザックの頼りなげな息子の取り合わせが絶妙)。その前に撮った『危険な関係』も犯罪ではないけれど、ラクロ原作の騙し騙される恋愛ゲーム(姦通罪があれば犯罪だ。ミシェル・ファイファーが、ため息が出るほど美しい)。
僕は見ていないのだけれど、彼がハリウッドへ渡る前にイギリスで撮った『マイ・ビューティフル・ランドレッド』や『サミー&ロージィ』は、イギリスへやってきたアジア系移民の話らしい。最近では、『がんばれ、リアム』がその系統に属する。
『堕天使のパスポート(Dirty Pretty Things)』は、その2つのキーワードがないまぜになった映画だった。
ロンドンに暮らす2人の移民。男はナイジェリア出身の医者。権力者に反抗して国を追われ、身分を偽り不法入国してホテルのフロント係をやっている。女は同じホテルでメイドをしているトルコ難民。禁じられている労働に従事したことで母国の係官に追われている。アフリカ系の男とトルコ系の女のミステリー・タッチのラブストーリーというのが、いかにもフリアーズらしい。
娼婦も出入りする怪しげなホテルを舞台に、移民から臓器を摘出して売買する闇のルートに気づくことから、2人はトラブルに巻き込まれてゆくのだけれど、「移民」と「犯罪」というテーマにもかかわらず、映画が社会派にもならず悲恋にもならないのがいい。
ひとつには、主演のオドレイ・トトゥのキャラクターがいいから。『アメリ』でも夢見る少女を好演していたけれど、ここでは一転して化粧っ気もないトルコ難民に扮しながら、貧しいけれどもそれに打ちひしがれることのない、どこか現実を超えてしまった女を演じている。ホテルで働けなくなった彼女が、不法滞在者や難民ばかりの製縫工場でセクハラする工場長に逆襲するシーンなど、男であっても、やったぜ! という気になる。
もうひとつは、フリアーズの描く犯罪が殺人のような重苦しいものでなく、いつでもゲームの軽さをもっていることだろう。ネタバレを避けるため詳しくは書かないが、ここでもコン・ゲームふうな痛快な逆転が用意されている。
そこから見えてくるのは、スティーヴン・フリアーズの人を見る目の優しさだ。移民もマイノリティーも犯罪者も、社会の隅に生きることを強いられている存在だけれど、彼らの悲しみ喜びを、同情でもなく告発でもなく、しかしシンパシーをもって見つめている。
彼がハリウッドでつくった『ハイ・フィデリティー』の、ダメ男を見る視線にも親近感を抱かせられたが、この映画でもロンドンの移民街のちょっとしたエピソード--医師がブラック・ジャックとして淋病の不法移民たちに薬を調達してやる話とか--にもフリアーズのユーモラスな視線が行き届いている。普通の映画には出てこないロンドンの移民街のロケもリアル。
ハリウッドとイギリスを行き来することでハリウッドの「型」に取り込まれずに映画をつくりつづけるフリアーズは、剛球投手ではないけれど、自分の好みと視点にこだわるしぶとさを持っている。見終わって気持ちのよい映画だった。

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