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August 21, 2004

戦争の「思想」

先日のサッカー、アジアカップで、中国人サポーターによる日本チームへのブーイングが話題になった。特に重慶会場がひどく、その背景には日中戦争での日本軍による重慶爆撃があると言われた。ほかにいくつもの要因があるにしても、そのような歴史があり、若い重慶サポーターの意識のなかに、親や祖父母から受け継いだ爆撃の記憶があったかもしれないことは押さえておくほうがいい。

その重慶爆撃についてきちんと調べた唯一の日本語の本が、前田哲男『戦略爆撃の思想 ゲルニカ-重慶-広島への軌跡』(朝日新聞社)。この本はいま書店では入手不可能なので、要点だけ紹介してみよう。

前田がいう「戦略爆撃」とは、航空機による都市への無差別大量爆撃を指す。第一次世界大戦で軍隊に組み入れられた航空機は、すぐにその軍事的価値を認められた。けれども航空機が陸海軍の補助的役割から脱して、陸海軍が展開できない場所への「戦略爆撃」の具として、「空軍」として独立するためにはいくつかの飛躍が必要だった。

ひとつは当然のことながら技術的な問題で、大量の爆弾を抱えて長距離を飛べる航空機の開発。もうひとつが「思想」の問題だった。

戦闘員は殺してもいいが非戦闘員を殺してはならないという戦争の「思想」から、「交戦員と非交戦員の概念は時代遅れである。今日戦争をするのは軍隊ではなく、全国民である。すべての民間人が交戦者なのだ」(伊・ドゥーエ少将)という「思想」への転換。

この「思想」が初めて実戦のかたちで表れたのがナチスによるゲルニカ空爆だった。ゲルニカ空爆は1日限りの小規模なものだったが(重慶に比べればの話。この空爆で市民1600人が死に、ピカソの「ゲルニカ」が生まれた)、戦略爆撃の手法を開発し、つくりあげたのが、3年間200回に及ぶ日本軍による蒋介石政権の首都・重慶への爆撃だった。

作戦の意図は、「政治、経済、産業等の中枢機関を破壊し、又は直接その住民を空襲し敵国民に多大の恐怖を与えて、その戦争意志を挫折する」(陸軍航空本部)というもの。政治経済体制の破壊とともに、国民の「戦闘意欲」を萎えさせるのが最大の目的とされた。

1939年から3年に及ぶ爆撃の被害は次のようなものだった。
 空襲回数  218回
 来襲機数 9,513機
 投弾   21,593発(爆弾より焼夷弾が多い)
 焼失家屋 17,608棟
 死者   11,889人
 負傷者  14,100人

この「戦略爆撃の思想」をすぐさま英米軍も採用し、英軍のベルリン爆撃、ドイツのロンドン爆撃から、英米軍のハンブルク、ドレスデン爆撃へと次々に規模を拡大し、さらには東京から広島、長崎へと続くことは言うまでもない。日本にとって東京大空襲や広島・長崎の原爆は、自らが開発した「戦略爆撃」の手法が、より大規模になって自らに返ってくるという歴史の皮肉でもあった。

 この本は日米中の資料を徹底的に調査し、重慶で被害者数十人にインタビューした労作だけれど、印象に残るエピソードがいくつも記されている。

ひとつは重慶への「戦略爆撃」を推進したのが海軍の、とりわけ井上成美(支那方面艦隊司令長官)だったこと。井上は対米戦争に反対した海軍のハト派として評価が高いが、重慶市民から見れば「地獄の使者」にほかならなかった。

また、英米軍が「戦略爆撃」という名の無差別殺戮作戦を採用するに当たって、どちらかというと英国(チャーチル)のほうが積極的で、アメリカは「軍事目標への高高度精密爆撃」を主張して消極的だったというのも(そのような爆撃機を開発していたという技術的理由もあるにせよ)、朝鮮戦争からベトナムへと至るその後の歴史を考えれば意外な気がする。

もっとも、アメリカは日本本土への爆撃に際しては、そのような議論なしに無差別爆撃に踏みきるという、アングロサクソンに対した時と東洋人に対した時の「ダブルスタンダード」を示し、一方、日本も重慶の米英権益に対しては国際法を遵守して爆撃対象からはずすと言いつつ(実際には不可能だが)、中国に対しては無差別爆撃を行うという、こちらもアングロサクソンと東洋人に対する「ダブルスタンダード」を示している。

この本の中国側の主役は蒋介石だけれど、もう一人の主役が周恩来。重慶での「表」の顔は蒋介石指揮下の八路軍首都駐在代表で、「裏」の顔は共産党南方局書記。蒋の共産党弾圧に耐えつつ、発行する新聞が検閲されると、その空白に即興で詩を書いて抵抗する姿など、そのふるまいは鮮烈な印象を残す。

現在にいたるまで、重慶爆撃は歴史のなかにきちんと位置づけられていない。「重慶後」の進展があまりにも速く大きかったこともあるが、負けた日本は沈黙し、新中国にとっては蒋政権下の出来事として重視されず、重慶で爆撃を体験したアメリカの外交官たちはマッカーシズムのもと沈黙を余儀なくされた。

この労作がいま、図書館で読むか古書店で探すかしかないのは、自分も業界の片隅にいるひとりとして、歯がゆい思いだ。

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