嶋津健一の冒険
嶋津健一というピアニストを追いかけている。有名ではないけれど、知る人ぞ知る存在。6、7年前にはじめて聴いたとき、こんなすごいプレイヤーがいるのかと驚いた。
嶋津はいくつもの顔を持っているピアニストだ。
ヴォーカルの伴奏を務めれば、歌い手の個性に合わせて自在にサポートし、インスパイアされた歌手がどんどんノッてゆくのを何回も目撃した。もっとも、アメリカにいた10年の間にジミー・スコットのグループでレギュラー・ピアニストを務めていたというから、うまいのも当然か。今年の夏は、来日したサリナ・ジョーンズのバックで弾いていた。
サイドメンとしても、原朋直、大坂昌彦、向井滋治らのグループで演奏してきた。どんなスタイルのグループでも、その音にきっちり溶けこみつつ、ソロになると、その枠をはみ出す個性的な音を聴かせてくれるのが楽しみで、よくライブに出かけた。
そして自分のグループでは、思いきりオリジナルな世界を展開する。
これまでに出ている4枚のCDのうち、僕は最初のCD『double・S』(徳間ジャパン)と、最新作『Double Double Bass Session』(Roving Spirits)が好きでよく聴く(『double・S』は、今は『アンフォゲッタブル』として3361*blackから発売)。
『double・S』は、西海岸で演奏してきたベテランで、最近では東京を本拠にしているスタン・ギルバートと組んだピアノとベースのデュオ。演奏している11曲は、オリジナルの2曲はじめ、スタンダード、モンク、エリントン、クラシックのパガニーニとバラエティーに富む。
そのうち4曲演奏されているバラードがいい。「Amapola」や「Unfogettable」「Georgia On My Mind」といったなじみの曲を、息の長いソロを少しづつ変化させながら情感を徐々に高めてゆく。唄ごころあふれる美しいピアノ。ギルバートの暖かな音色のベースがぴったり寄り添う。
最近、「素人おじさんピアノ」で話題の井上章一『アダルト・ピアノ』(PHP新書)もこのCDを取りあげていて、井上は「私はここにおさめられた『アマポーラ』を、こよなく愛している」と書いている。
バラード以外の曲も、もちろんいい。よく「ジャズっぽい」と言うとき、いわゆるファンキーなフィーリングを指していることが多い。嶋津のアップテンポの曲は、そこから意識的に(と思う)遠ざかった独特のスイング感に満ちている。
自作の「Harapeko」ではバップの匂い、モンクの曲ではフリージャズに近い音も聞こえ、エリントンの曲ではオクターブの音を重ねて、ピアノ1台でふとエリントン・オーケストラを思わせる厚みのある音をつくりだしている。アップテンポのジャズを聴いていて、聞き手の内部の水位がどんどん上がり、その果てに精神がふだんの自分の殻を突きぬけて別次元に飛び出したと感ずる、あの至福の瞬間を体験できる。
このCD、僕にとってはジャズのリラクゼーションと緊張をともに味わわせてくれる1枚なのだ。
『Double Double Base Session』は、加藤真一、山下弘治という個性の異なる2人のベーシストと組んだ、ピアノに2ベースという一風変わったトリオ。
ふつう、グループのなかでベースの位置は、一定のリズムでフロント楽器をサポートしながら、ときどき短いソロを取るというもの。嶋津は2本のベースを使うことで、ベースをそんな固定的役割から解放し、弓での演奏も多用しながら、ベースを自由自在にフロント楽器として動かしている。
僕が好きなのは、11曲中3曲を占める加藤真一のオリジナルで、どれも素晴らしい演奏。
「黒ネコの理由」は、重力を感じさせないネコの足取りのようなピアノに、加藤のベースが自在に絡んでゆく。「ピコ」は2ベースだけのデュオで、エモーショナルな加藤に対し、クールな山下という2人のベースの対照が面白い。「Old Diary」では、嶋津の悲しみに満ちたピアノにうっとりする。
嶋津のオリジナルも2曲演奏されている。こちらは静謐なピアノ。ジャズの枠組みを使いながら、ジャズのリズムや「ノリ」からは意識的に離れた音が紡ぎだされる。「はるかなる山の呼び声」(どこかで聴いた曲だと思ったら『シェーン』の主題歌)やレノン=マッカートニーの「Nowhere Man」も同じで、主に山下の構成的に音を配置してゆくベースとの組み合わせが透明な音宇宙を生みだしている。
ほかにも、MJQの名曲「ジャンゴ」をバラードで演奏したピアノは絶品。
嶋津健一は、秋にはまた別のグループでライブをするらしい。今度はどんな音を聴かせてくれるのか。
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