偏愛映画リスト ハードボイルド編
ハードボイルドは男のハーレクイン・ロマンスだ、と喝破したのは斉藤美奈子サンだったか中野翠サンだったか。いや参りました。痛いことろを突かれた。それ以来、ハーレクイン・ロマンスをハーレクインというだけでバカにしないようにしている。僕の考えるハードボイルドは、いい意味での風俗小説であり、風俗映画であるということ。だから、人が、それ以上に街が生き生きとしている小説や映画が好きだ。
●『チャイナタウン』(1974)
ハメットやチャンドラーに夢中になっている頃に見たから、ひときわ印象深い。ロマン・ポランスキーがポーランドから亡命しハリウッドへ来て間もなく撮った映画。ポランスキーが社会主義の祖国でハードボイルドを読んだり見たりしながら、いつかこういう映画をつくってみたいと願っていた(に違いない)ことが実現した、その熱い思いが画面の隅々から感じられる。
1930年代のロスの街、オレンジ畑、後背地のダムや砂漠といった乾いた風景。ジャック・ニコルソン、フェイ・ダナウェー、ジョン・ヒューストンの役者たち。脚本・撮影・音楽とすべてがそろった映画で、僕はハードボイルドというと40~50年代の名作群よりこちらを評価の基準にしてしまう。定石通り依頼人が探偵を訪ねるファーストシーンから、死んだフェイ・ダナウェーの車からカメラが上方に引いていくとチャイナタウンの街並が俯瞰されるラストまで、一分の隙もない。
●『グロリア』(1980)
女ハードボイルド。シャロン・ストーンのリメイク版ではなく、ジーナ・ローランズのオリジナル版のほう。上空からのカメラがヤンキー・スタジアムの歓声を拾いながら移動すると、隣接するサウス・ブロンクスの荒廃した町並みが映し出される。そのファースト・シーンから映画に引き込まれる。
元踊り子のジーナ・ローランズが、偶然預かったプエルトリコ少年を連れて、追いかけるギャングからニューヨーク中を逃げ回る。大人ぶった生意気な少年と貫禄たっぷりのジーナのやりとりが小気味よい。ハリウッドと一線を画し、ニューヨークでインデペンデント映画をつくりつづけたジョン・カサベテスだけに、そのニューヨークの風景は心に滲みる。
●『800万の死にざま』(1986)
僕の好きな小説(ローレンス・ブロック)を好きな監督(ハル・アシュビー)が好きな俳優(ジェフ・ブリッジス)で映画化した、応えられない一本。舞台をニューヨークからロスに移し、相手役をアフリカ系からヒスパニック(アンディ・ガルシア)に設定を変えることで、原作とは違った雰囲気の映画になった。
タランティーノの『レザボア・ドックス』以来、対立する2人が拳銃を突きつけあうシチュエーションが大流行だけれど、ネタ元はこの映画ではないかと思っている。ただし、タランティーノ以後のこのシーンがカッコいいのに対して、この映画では2人ともへっぴり腰で、それを手持ちカメラががらんとした工場のなかで引き気味に捉えている。滑稽でもありリアルでもあるその視線に、ハル・アシュビーの個性を感じた。
●『ブラッド・ワーク』(2002)
クリント・イーストウッドは最後の正統派ハリウッド監督だと思う。これも上空からロスを撮ったカメラがぐいぐいと地上に降りてきて街の一角、一軒の家に近づくとそこが犯罪現場という導入部は、イーストウッドの師であるドン・シーゲル直伝。もうひとつ、ドン・シーゲルに似て夜のシーンが多く、闇の艶やかさが素晴らしい。海上の廃船を舞台にしたラストはじめ、50年代のフィルム・ノワールを見ているようだ。
サイコ・ミステリー仕立てになっているが、おどろおどろしくないのがいい。歳のせいか、サイコは好きになれないし、CGもすぐに飽きる。そもそもルーカス、スピルバーグ以後のハリウッドが肌に合わない。だから、イーストウッドの新作がいちばんの楽しみ。同じシーゲル=イーストウッド派のマイケル・チミノが新作を撮れていないようなのが寂しい。
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