『スイミング・プール』のランプリング
女優で見に行く映画がある。要するに単なるミーハー。最近ならミシェル・ファイファーとレニー・ゼルウィガー。あんまり面白そうな作品じゃないなと思っても、カミさんに馬鹿にされながら(特にゼルウィガーは)映画館に出かける。
かつてはシャーロット・ランプリングもそんな女優だった。もっとも、70年代に彼女が出ていた映画は傑作、名作ぞろい。
『地獄に堕ちた勇者ども』で、その退廃の魅力にはまり、『愛の嵐』で、ユダヤ少女のランプリングが小さな胸を見せてナチスの制帽をかぶって踊る倒錯的なシーンに衝撃を受けた。『愛の嵐』のラストで、ガラスの破片で血塗れになったランプリングがにっと微笑むあたりは、今でも思い出すとぞくっとする。
その後も『蘭の肉体』とか『さらば愛しき女よ』とか、男を破滅させる女をやらせて天下一品。僕らより1世代、2世代上の映画ファンにとって、ファム・ファタールといえばリタ・ヘイワースやラナ・ターナーだろうが、僕の世代にとってファム・ファタールといえばシャーロット・ランプリングにとどめを刺す(今の若い子たちのファム・ファタールは誰なんだろう?)。
80年代の『エンゼル・ハート』『マックス・モン・アムール』あたりまで彼女を追いかけたが、その後はご無沙汰してしまった。数年前、『まぼろし』で久しぶりに再会した。
『スイミング・プール』は、『まぼろし』と同じフランソワ・オゾン監督の作品。ランプリングは、イギリスのミステリー作家を演ずる。さすがにファム・ファタールの神秘のオーラはなく、落ち着いた大人の女(もう60歳近いはず)。
しかも、相手役のフランスの若い女(リュディヴィーヌ・サニエ)が性的に奔放なのにイライラするインテリのイギリス女という役どころで、これがまた絶妙の演技。うまいとは思うが、かつてのミーハーとしては、ちょっと悲しい。
もっとも、映画の後半、ランプリングが作家として若い女に興味をもち、彼女の日記を盗み見て小説を書きはじめるあたりから、女としての魅力を感じさせるショットがいくつも出てくる。過去を語る若い女をじっと見つめたり、彼女が引きずり込んだ男に惹かれてゆく表情などは、かつてファム・ファタールであったランプリングを思い出させて嬉しい。
作品としては、なんというか、古風な映画。『まぼろし』もそうだったが、いかにもフランスふうの心理劇といったつくりだ。途中から、話が現実なのか、ランプリングが書く小説のなかの出来事なのか分からなくなってしまうあたりがミソ。プロヴァンスの美しい風景も堪能できる。
スイミング・プールで一糸まとわず泳ぐ若いサニエに対して、ランプリングは、とても歳とは思えないヘアヌードも披露する。その役者魂に脱帽。
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Comments
初めまして(^^)
「スイミング・プール」でこちらまでたどり着きました。
私はシャーロット・ランプリングをこの映画で初めて知りましたが、なんだか底知れぬ凄みのある女優さんでとても格好良いなぁと思いました。
トラックバックはらせてもらいます。
Posted by: Yummy | July 14, 2004 08:55 PM