June 24, 2018

ミントを摘む

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picking leaves of mint

庭のミニ畑でミントとレモングラスの葉を摘む。干して乾燥させ、ハーブティーにして飲む。市販のものよりワイルドだが強い味がする。

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June 22, 2018

八幡平を歩く

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藤七温泉から八幡平頂上まで歩いて1時間ちょっと、標高差200メートル。途中、レストハウスまで車道を行き、そこからは遊歩道が整備されている。梅雨の晴れ間に、ちょっとしたハイキング。

写真は頂上付近から見た岩手県側の斜面。針葉樹のオオシラビソとダケカンバの新緑の森がつづく。藤七温泉は右下の谷筋にある。

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レストハウス近くでフキを採るおばあさん。

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レストハウスから遊歩道をしばらく歩くと鏡池がある。この時期、池の雪がドーナツ状に融けてドラゴン・アイと呼ばれる風景が出現する。

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頂上を過ぎると八幡池が見えてくる。周囲は湿原。1周40分ほど、ミズバショウが咲きはじめている。

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池に残った雪の造形。


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June 21, 2018

藤七温泉へ

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a trip to Toshichi Spa

岩手県八幡平の藤七温泉へ行ってきた。盛岡駅からバスで一時間半。八幡平頂上近い標高1400メートル、藤七沢の斜面にある。6つの露天風呂は手造り感あふれるワイルドなもので、八幡平や周辺の山が一望できる。

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藤七温泉は昭和3年に温泉のある山小屋として開業したそうだ。戦後、松川温泉へ通じる道が開通して、温泉宿として人気が出た。ずっと内湯だけだったが、10年前から宿の者だけで源泉の上に露天風呂をこしらえた。いまも新しい露天が工事中。

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泉質は単純硫黄泉で、泥味がかった乳白色。源泉の上に板を貼っているので、隙間から湯と蒸気がぶくぶく湧いてくる。湯床には温泉成分が沈殿した泥がたまっていて、女性は(女性専用ひとつ以外は混浴)それをすくって顔パックしている。4つの風呂は熱いのもぬるいのもあって、そのときの気分で選べる。

滞在した4日間は幸い梅雨の晴れ間。まわりの新緑と雪渓を眺め、朝日を浴びながら、あるいは満天の星をながめ、長いことつかっているのは無上の時間。

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脱衣場の入口には、いかにも東北の温泉場、こんな置物があった。つげ義春のひとコマみたい。

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内湯は半透明のきれいな乳白色。どろっとした露天のあと、さらっとした内湯につかるのも気持ちいい。

食事は山菜尽くしに岩魚(鮎)の塩焼きと八幡平サーモンの刺身、秋田こまちのご飯を堪能。


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June 20, 2018

『雪の階』を読む

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奥泉光『雪の階』(中央公論新社)の感想をブック・ナビにアップしました。


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June 16, 2018

『万引き家族』 小津映画の末娘

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Shoplifters(viewing film)

是枝裕和監督の映画は日本でも外国でも小津安二郎監督の映画と比較される、あるいは小津映画の系譜を引くと言われることが多い。二人の主要な作品がともに家族を主題にしているからだろう。それはその通りだと思う。でも当然のことながら、個性が違い時代も違うから、二人の映画がそのまま重なるわけではない。『万引き家族』は、僕には小津映画とネガポジの関係にあると見えた。

小津映画の家族構成はいつもおよそ決まっている。明治生まれの父と母。『東京物語』なら笠智衆と東山千枝子になる。大正末から昭和初期生まれの息子と娘世代。年齢からして、息子は戦争に行くか植民地で仕事をしている。『東京物語』なら次男が戦死し、その未亡人である原節子がヒロインとして登場する。原節子は『東京物語』はじめ小津監督の「紀子3部作」で、紀子という役名で三度、明治生まれの父母の娘世代の役を演じている。

原節子はいつもしっかりした長姉といった立場で、その下に妹あるいは妹世代の女優がいる。『東京物語』なら香川京子、ほかの映画なら有馬稲子、岡田茉莉子、岩下志麻らが起用された。失敗作とされる『東京暮色』(僕は好きな映画だけど)では原節子と有馬稲子は姉妹役だ。原節子が、観客が期待する理想的な娘(嫁)の像を演じていたのに対し、末娘たちははねっかえりで、自己主張が強く、問題を抱えていることが多かった。

『万引き家族』の初枝(樹木希林)は、世代的には小津映画の末娘たちと重なるのではないだろうか。初枝は小津映画の香川京子や有馬稲子、岡田茉莉子、岩下志麻らの半世紀後の姿だと考えれば、小津映画と『万引き家族』がつながる。

初枝がどのように現在の暮らしになったのか映画のなかで語られないから、セリフの端々から想像するしかない。初枝は結婚したが離婚し、独りで働いて年金で細々と暮らしている。どんないきさつかわからないが、治(リリー・フランキー)と信代(安藤サクラ)のカップルと出会い、二人は初枝の家にころがりこんだ。独りで死んでゆく初枝が寂しさから二人を受け入れたのか(あるいは、治は初枝の実の息子で、幼い治を連れて家を出たのだろうか。よくわからない)。治は信代の夫(恋人?)を殺して罪に問われた過去をもつ。出所後は日雇いや万引きでその日暮らしをしている。

さらに二人の同居人がいる。亜紀(松岡茉優)は、初枝と離婚した夫が再婚して生まれた娘らしい。でも家出して、義理のおばあちゃんの家に転がり込み、風俗でお金をかせいでいる。小学低学年くらいの祥太(城桧吏)は、治と信代がパチンコ店の駐車場で声をかけ、そのまま二人についてきてしまった。育児放棄されていたのだろうか。治は祥太に万引きのやり方を教えこみ、二人は組んで万引きを繰り返している。映画はそこから始まる。

万引きの帰り、治と祥太は他人のアパートの部屋で寂しそうにしている幼女のゆり(佐々木みゆ)に声をかける。両親が喧嘩する声が聞こえる。虐待されていたのか、ゆりは黙って治についてきて、「家族」がまたひとり増える。血のつながった人間でなく、他人が寄り集まった疑似家族。でもマンションに囲まれた古い木造家屋で、初枝の年金を頼りに貧しいながらそれなりに楽しく暮らしている。

この映画の名場面として語りつがれるであろうショットがたくさんある。

信代とゆりが一緒に風呂に入り、互いに腕の傷(自傷行為だろう)を見せあうシーン。祥太がゆりに万引きを教え、子供ふたりで駄菓子屋で万引きするシーン(店主の柄本明は万引きを見逃していたが、「妹にはさせるな」と祥太に言う)。治と信代の、雨音がする暗い室内での長いラブシーン(安藤サクラが色っぽい)。亜紀が初枝の膝に頭をのせ、人肌の温かさに静かに涙を流すシーン。家族そろって縁側から隅田川花火の音だけを見上げるシーン。

でも疑似家族の幸せは長くつづかない。ゆりの「誘拐」がテレビ報道される。ゆりの万引きが発覚しそうになり、それをかばって祥太が自ら万引きして追われ、ケガをして警察沙汰になる。家族のなかで祥太だけが、成長して社会的な目をもつようになっている。

物語が動くと、血のつながった家族の偽善的な顔があらわになる。「誘拐」されたゆりが戻った両親は、マスコミの前で良き父母を演ずる(ゆりは再び育児放棄される)。亜紀の両親は、線香を上げに(実は金をせびりに)訪れた初枝に、亜紀はオーストラリアに留学でと不在を取りつくろう。

家族と古い日本家屋という小津映画の枠を受け取ってはいるが、小津映画から現在までの時間のなかで家族は解体し、漂流し、日本家屋はマンション群に包囲されてしまった。そのなかで、解体した家族の破片が寄りそってつくる疑似家族がつましく楽しく暮らしている。その背後にある年金詐欺、育児放棄、虐待、孤独。戦後中流家庭の小さな波乱はあっても穏やかな日常を描いた小津映画とネガポジの関係と感じたのは、そんなあたりだ。

信代が警察に連れていかれてからの独白シーンの安藤サクラが素晴らしい(カンヌの審査委員長ケイト・ブランシェットがほめていた)。正面から固定カメラで長いバストショットで捉えられる。前作『三度目の殺人』でも似たショットがあったけれど、引きの場面が多い是枝映画に新しい力をつけ加えたように感らじられる。是枝監督の代表作と呼ばれるようになるのは間違いない。


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June 14, 2018

梅むらの豆かん

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病院へ検査に行った帰り、浅草により道して梅むらの豆かんを求める。赤えんどう豆と寒天に黒蜜をかけるだけのシンプルなものだけど、豆のさくっとした歯ごたえといい寒天のほのかな香りといい、梅むら以上のものを食べたことがない。この店のことは色川武大のエッセイで知った。だから梅むらの豆かんを食べるといつも彼を思い出す。

浅草寺は外国人の観光客でいっぱいだけど、ここまで来るとさすがにその姿はない。


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June 13, 2018

青梅のはちみつ漬け

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庭の梅の実がほとんど落ちてしまったので、八百屋で青梅を買ってきてはちみつ漬けをつくる。アクを抜き、フォークで穴をあけ、はちみつを注ぐ。一カ月ほどで果肉の汁が出て、甘味と酸味がいい感じになる。これに氷を入れ、ソーダで割って飲むと真夏に応えられない。今から楽しみ。


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June 11, 2018

『軍中楽園』 亜熱帯の甘やかさ

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Paradise in Service(viewing film)

台湾映画『軍中楽園(原題:軍中樂園)』のタイトルを日本ふうに言えば軍慰安所ということになる。日本の軍慰安所は、日本軍が関与し部隊に同伴して設けた管理売春施設。日本人女性ばかりでなく、当時は大日本帝国の植民地だった朝鮮や台湾の女性を時に騙して慰安婦とした。そのことへの日本政府の謝罪と補償が十分でないため、現在まで鋭い人権問題、政治問題になっている。

軍慰安所は戦後の台湾にもあった。1950年代から1992年に廃止されるまで、金門島などに「軍中特約茶室」(通称・軍中楽園)として存在した国防部の正式機関。金門島は中国大陸と2キロ弱しか離れていないため、中台が対立する最前線だった。

徴兵されたバオタイ(イーサン・ルアン)は金門島の精鋭部隊に配置される。でも長距離を泳げないことから、特約茶室を管理する831部隊に配置換えされてしまう。バオタイは女たちの世話をするうち、他人と打ち解けず陰のあるニーニー(レジーナ・ワン)に親しみを覚える。バオタイの元上官で蒋介石とともに中国大陸からやってきたラオ(老)ジャン(チェン・ジェンビン)はアジャオ(アイビー・チェン)に惚れ、結婚しようと考えている。バオタイの友である同期兵は古参兵にいじめられ、女のひとりと逃げ、海を泳いで大陸へ亡命しようとする。

まだ女を知らず純情なバオタイと、大陸に家族を残したラオジャンの望郷の念を軸に、特約茶室の日常が描かれる。バオタイたちは女たちの身の回りを世話し、脱いだ下着を「洗っといて」とばかりに渡されたりする。女たちをトラックに乗せ外出して美容室や買い物に行くとき、囚人であるニーニー(夫を殺し、刑期を短くして早く子供に会いたいため茶室に志願した)には手錠がかけられる。女たちの喧嘩。妊娠。

亜熱帯の濃い緑と花に囲まれた「楽園」の古い建物。金門島の繁華街はセットだろうか。大陸からは決まった曜日の決まった時間に儀礼のような砲撃があり、そのたびに人々は地下に逃げ込む。最前線ではあるが、本当の意味での緊張はない。特約茶室の享楽的な空間も、明日の命も知れない戦時の切羽詰まった空気とは違う。どこかのんびりしている。

特約茶室にやってくる、いろんな事情を抱えた女たち。兵隊もひとりひとりそれぞれの思いを抱えている。そこでいろんなことを目撃し、体験し、バオタイは大人になってゆく。ニーニーが特赦を受けて茶屋を去る最後の夜、互いの気持ちを確認しながら、バオタイはニーニーの心を傷つける言動をしてしまう。

この映画にはホウ・シャオシエンが編集協力している。ホウ監督ふうな風景ショットが挿入されたりもする。監督のニウ・チェンザーは、少年のころ俳優としてホウ・シャオシエンの『風櫃の少年』に主演していた。そのホウ監督の『恋恋風塵』では、主人公のワンは兵役について金門島に配属されていた。それを考えあわせると『軍中楽園』は、実はワンの『恋恋風塵』で描かれなかった隠されたエピソードと考えるのも面白いかもしれない。バオタイもワンも内気な少年というあたり似ているし、ワンの幼馴染みホンへの一途な思いを考えると最後の行動も納得がいく。

1992年に廃止された後、特約茶室のことは台湾でも誰も触れたがらなかったという。それをこんなふうに、いわばイデオロギー抜きで映画にしたのがいかにも台湾らしい。この映画では、例えば日韓の慰安婦問題のような歴史認識をめぐる問題はない。でも現在、国際的に関心を集める慰安婦問題は歴史認識というより人権問題である側面がある。いくら国家や民族間の葛藤がないといっても、男の視線から見たこの映画の女性の描き方は、フェミニストから見れば問題ありといわれかねない。そのあたりがおおらかというか、ゆるいというか。だからこそ、青春映画ぽい甘やかな香りがするのだけれど。

エンドロールで、別の選択があればありえたかもしれない写真が3枚、挿入される。バオタイとニーニーと彼女の子供の三人が一緒に笑って写っているショット。ラオジャンと彼が逆上して殺してしまったアジャオと、ラオジャンの夢だった餃子屋を二人で営んでいるショット。大陸へ逃げようとし、たぶん溺れて死んだ同期兵と女が、天安門広場で笑っている記念写真。映画としての完成度はいまひとつながら、それぞれの生と死が悲しい。

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June 06, 2018

チェンバーミュージック・ガーデンへ

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毎年開かれているチェンバーミュージック・ガーデンの「室内楽のマスターたち」を聞きにいく(6日、サントリーホール)。解散した東京クヮルテットのメンバーが三人出ている。その一人、第二ヴァイオリンの池田菊衛君は高校の同級生で、会場はちょっとした同窓会状態。

ドヴォルザーク、モーツァルトらの室内楽を堪能する。バルトークの弦楽四重奏4番第4楽章では四人全員が弓を置き、指で弾くピッチカートで初めから終わりまで一糸乱れず弾きとおす。池田君は昨日、住んでいるニューヨークから来日したばかりらしいが、さすが何十年も一緒に演奏してきた仲間だなあ。


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May 31, 2018

『ファントム・スレッド』 ねじれた恋愛映画

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Phantom Thread(viewing film)

『ファントム・スレッド(原題:Phantom Thread)』は「幻の糸」とでも訳したらいいだろうか。「糸」の単語には、主人公が服飾デザイナーであることが掛けられているんだろう。ポール・トーマス・アンダーソン監督は、ヒッチコックの『レベッカ』のようなゴシック・ロマンスをつくりたかったと語っている(『エンタテインメント』のインタビュー

『レベッカ』は英国貴族と、彼と結婚した成り上がりの娘が主人公。館には、謎の死を遂げた先妻レベッカに仕えた老メイドがいて、家を差配している。貴族と新妻と老メイドの心理的な駆け引きがサスペンスを生んでいた。その人間関係が『ファントム・スレッド』に引き継がれている。

1950年代ロンドン。ヨーロッパの王族や上流階級を得意先にもつデザイナーのレイノルズ(ダニエル・デイ=ルイス)は、別荘近くで働くウェイトレスのアルマ(ヴィッキー・クリープス)を見初め食事に誘う。レイノルズが「完璧な体形だ」とアルマに言って、別荘で初めて採寸する場面はなんともエロチック。そこにレイノルズの姉シリル(レスリー・マンヴィル)が現れて採寸のノートを取る。

アルマはレイノルズと一緒に住むようになるが、職住一致の工房を差配しているのは姉のシリル。レイノルズは寝ても起きてもデザインのことを考え、自分の思うように生きている男。朝食を食べながらスケッチし、アルマが立てるフォークの音やカップを置く音(音響が誇張されている)に苛立つ。一緒にテーブルを囲むシリルは、アルマに「食事は別にしたほうがよさそうね」と冷たい顔で告げる。姉のシリルは仕事でも私生活でもレイノルズのことをすべて分かっていて、アルマの入りこむ余地はない。

3人の心理劇と並行して、1950年代上流階級のファッションと、オートクチュールの内側が描かれる。僕はこういう世界に興味も憧れもないけど、関心があればP.T.アンダーソンのめくるめく映像(デジタルでなくフィルム)に陶然となるだろう。なるほど注文服はこうしてできるのかと初めて知った。身体のちょっとした凹凸の細かな採寸。お針子はお婆さんばかり(若い娘が服を縫うと結婚できないとの言い伝えがあるそうだ)。デザイナーの密かなメッセージが芯に縫い込まれる。レイノルズは自分用の服には母親の髪を縫い込む(これがタイトルの由来か)。鋭い針と縫い糸が布から顔を出すクローズアップにはっとする。

アルマは黙って夫と義姉に従いながら思い切った行動に出る。別荘で採った毒キノコを粉にしてレイノルズのお茶に入れるのだ。仕事中に倒れたレイノルズをアルマは寝室に連れてゆく。シリルが医者を呼んでもアルマは夫を診せようとせず、シリルに仕事に戻るよう言われてもレイノルズのそばを離れない。レイノルズははじめてアルマに身も心も委ねる。そこから3人の関係が変わりはじめる……。

レスリー・マンヴィルは、田舎娘が上流階級の世界に入りこみレイノルズのミューズとなってやがて男を操るまでを演じて見事。この映画で引退すると伝えられるダニエル・デイ=ルイスは1年間、オートクチュールで服づくりを学んだそうで、相変らず完璧になりきっている。老練なレスリー・マンヴィルと3人で繰り広げられるねじれた恋愛映画を楽しんだ。

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