December 12, 2024

「写真植字の百年」展

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「写真植字の百年」展(飯田橋・印刷博物館、~1月13日)へ。写真植字(写植)というのは、金属活字を使った活版印刷でなく、字母を写真光学的に印字して版下(製版用原稿)をつくる技術。日本では昭和初期に実用化された。漢字、仮名、片仮名がある日本語の活版印刷は、活字の大小も含め膨大な種類の金属活字を必要とするから、一つの字母からどんな大きさの版下もつくれる写植はデジタルの出現まで、とても便利な技術だった。

 僕が週刊誌記者になった1970年代、本文は活版印刷で印刷し、グラビアの文字は写植でつくっていた。できあがった版下に間違いが見つかると、間違った数ミリ四方の一文字をカッターで切り取り、正しく印字した字を同じ大きさに切りピンセットでつまんで糊付けする。そんな手作業が楽しかった。

 展示の前半は、写植機の変遷。日本語写植機は石井茂吉、森澤伸夫という2人の技術者によって開発され、それが現在までつづく写研、モリサワになっている。写真上は写研の昭和10年の写植機。下から光を出して文字盤に当て、レンズ(細い管が何本もある円盤部分)を通して上部にある印画紙に焼き付ける。この時代、モニターはもちろん、カメラのファインダーに相当する装置もないから、正しく印字しているかどうか目で確認できず、ほんとうに職人技だったろう。

後半は、さまざまな写植用書体の展示。基本的な明朝体、ゴシック体だけでなく、いろんな書体が開発されて広告やデザイン、雑誌に使われた。 活版印刷は活字を組むから、字を原稿用紙のように規則正しくしか配置できないが、写植だと自由に配置できるからグラフィックデザインは写植によって大きく発展した。写真下は大日本印刷の秀英明朝という美しく定評ある活版用活字を、写研が写植用に開発した製品の見本。

 

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December 10, 2024

『雨の中の慾情』

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『雨の中の慾情』の原作は、つげ義春の漫画。同名の短編だけでなく、「隣のおんな」「池袋百点会」「夏の思いで」なども取り込まれている。「ねじ式」みたいな夢幻世界をもとに、つげのモノクロ世界を総天然色に転換し、私小説的な物語だけでなく戦争なども取り込んで、どの時代、どの場所ともつかない世界の、不思議な、今までなかったテイストの映画になっている。それが面白い。

 いくつかの短編の主人公が合わさった、男2人と女1人。その性と愛が軸になる。売れない漫画家の義男(成田凌)、自称小説家の伊守(森田剛)、カフェに勤める福子(中村映里子)。ひょんなことから義男の狭い部屋に、伊守と恋人の福子がころがりこんでくる。義男は色っぽい福子に惹かれていく。その関係が、脈絡もなくいろんなストーリーのなかで展開していく。3人がタウン誌計画に失敗して債権者から逃げ回ったり、大家(竹中直人)の奇想天外な金儲け(恐怖する子供の脳天から液を抜いて売る)に巻き込まれたり。

 3人が住むのは日本家屋でなく中国風の民家、看板も漢字ばかりの、古い町。そもそもリアリズムでない非現実の世界だけど、それがいきなり戦争になる。義男と伊守は兵士。大家は軍医。福子は中国人娼婦。南京を連想させるように、日本軍が中国人の非戦闘員を殺戮している。そこで義男は片腕を失う。野戦病院で目覚めた義男は、福子との出会いは夢かと思うのだが、ここまでくると何が夢で何が現実かもよく分からない。「眠ってしまったら、この現実がなくなるかも」(正確に覚えてないが)というセリフは、すべては夢幻と言っているようでもある。最後にまた売れない漫画家の義男の世界に戻るが、義男の福子への愛だけは変わらない。

 台湾の嘉義でロケしたという古い路地裏や亜熱帯の濃い緑が、つげワールドにまた別の味わいを加えて楽しめた。ポン・ジュノ監督の助監督だったという片山慎三監督の映画は初めてだけど、ほかのも見てみたい。

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November 20, 2024

『THE 新版画』展

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わが家から歩いて10分ほど、うらわ美術館で開かれている『THE 新版画』展(~1月19日)へ。以前に千葉市美術館で見たものだけど、川瀬巴水の夜の作品群をもう一度見たくて。

展示室の最初に、昭和初期の地元さいたま市を素材にした「大宮見沼川」が展示されている。これも夜の風景。闇のなか、見沼用水に蛍が舞っている。空に星。屋敷林のなかに茅葺き農家が1軒。光が漏れ、川面に揺らめいている。真っ暗になる直前、わずかに藍味が残る墨色の風景が美しい。

巴水はもちろん夜の風景ばかりじゃないけれど、藍と墨には特に惹かれるなあ。(写真は巴水「出雲松江」)

 

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November 18, 2024

『密航のち洗濯 ときどき作家』

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宋恵媛・望月優大『密航のち洗濯 ときどき作家』(草思社)の感想をブックナビにアップしました。

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October 18, 2024

『二つの季節しかない村』

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冒頭、まだ映画が始まらない黒いスクリーンに、かすかな音が聞こえる。映像が映し出されると一面雪の白い原野。聞こえていたのは雪の降るかすかな音。バスがやってきて1人の男が降り、雪原を歩きはじめる。男は小学校教師のサメット(デニズ・ジェリオウル)で休暇から帰ってきたところ。場所はトルコ東部アナトリアの、冬と夏の『二つの季節しかない村(原題:Kuru Otlar Ustune/英題:About Dry Grasses)』。映画のほとんどが雪の季節に繰り広げられる。白く閉ざされた村や雄大な冬山と渓谷。見る者を圧倒する風景のなかで、なんとも人間的なドラマが語られる。その対照というか、壮大と卑俗の取り合わせが面白い。

サメットは辺境の学校で働かされるのが不満。都会へ戻りたいと願っている。でも教室では王様で、女生徒のセヴィムを贔屓し、彼女に鏡のお土産をあげたりする。持ち物検査でセヴィムのカバンから、その鏡とラブレターが見つかる。手紙を返す返さないでひと悶着あったあと、セヴィムは校長に、サメットから「不適切な接触」があったと訴える(サメットのセヴィムへの身体的接触は描かれないが、心理的には「支配的」言動がある)。

一方、サメットは美しい英語教師ヌライ(メルヴェ・ディズダル)と知り合う。彼女は左派グループに属し、爆弾事件に巻き込まれて義足だが、教師としてこの地でやるべきことがある、と情熱的に語る。サメットは同僚教師ケナンにヌライを紹介するが、ヌライとケナンがつきあうようになると、今度は二人の仲を裂くようにヌライとベッドを共にしたりする。ヌライの家で、この地を嫌い自分のことしか考えないサメットと、まっとうに生きようとするヌライが交わす長い長い会話が印象的。この後、サメットが部屋を出ると、部屋は実は撮影現場につくられたセットで、サメットはセットの裏にいるスタッフの脇を通り手洗い所まで行って鏡を見るという長いワンショットが続くのに驚いた。かつて今村昌平の『人間蒸発』で、クライマックスで監督がセットを壊すよう指示して撮影現場そのものが映し出され、ドキュメンタリー的な映画が実はフィクションでもあるという構造を露呈させたことがあった。サメットとヌライがベッドを共にする直前のショットだから、これは二人を見ている観客の感情の高まりに水を差すことを意図したのか。これはそういう映画じゃないよ、と。服を脱いだヌライは、義足をはずし切断された脚をサメットに見せる。

サメットは最後、望み通りこの地を去ることになるのだが、サメットにとって辺境での4年間は何だったのだろう。東アナトリアはクルド民族が多く住む地域で貧しく、独立運動もあって中央政府から敵視されている。この地で生きるしかない少女セヴィムや村の人々、また英語教師ヌライとの交流も、サメットには何の影響も与えなかった。彼はただ通りすぎるだけだったのか。ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督は、壮大な雪の風景のなかにサメットという男をぽんと放り出したように見える。

 

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October 17, 2024

『虚史のリズム』を読む

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奥泉光『虚史のリズム』(集英社)の感想をブック・ナビにアップしました。

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October 15, 2024

紫蘇の実塩漬け

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紫蘇の実がたくさん採れたので、塩漬けに。今年は天候のせいか、手入れをきちんとしなかったせいか、ゴーヤは豊作、ミニトマトは不作だった。

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October 12, 2024

『cloud クラウド』

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 いま、この国を覆っている空気、例えば電車に乗っている乗客が、自分のバリアを犯されたと感ずるときに取るささいな行動や表情、能面のような無表情の陰の敵意や無関心や苛立ちや舌打ちを極大化させれば、こういう映画になるだろうか。『cloud クラウド』は黒沢清らしい不安とサスペンスとアクションを堪能させてくれた。

 クリーニング工場で働く吉井(菅田将暉)は、ネットの「転売ヤー」としての顔も持つ。昇進させようとする社長(荒川良々)の期待に背いて工場を辞めた菅井は、恋人(古川琴音)と田舎の一軒家に移り、本格的に転売ヤーとして生きていこうとする。が、その身辺に怪しい影が出没し、何者とも知れない集団に襲われる……。
 
 設定としては定番だけれど、ネットを介したところが今どき。吉井のハンドルネームから本名が暴かれ、彼に敵意をもつ互いに知らぬ者同士が集まって集団を組むのは、昨今頻発する闇バイトによる強盗事件を連想させる。転売ヤーの先輩(窪田正孝)や、吉井に痛めつけられた青年(岡山典音)、吉井を恨む社長、吉井を助けることになるバイト青年、果ては恋人まで、皆が裏の顔を持ち、人間がねじれている。最後のほうになると、怪しげな商売に従事し、ニヒリストで他人を一切信用しない吉井がいちばんまともに見えてくるのが面白い。


 前半は心理的サスペンス、後半は廃工場を舞台にしてのアクションで、どちらも黒沢清らしさが充満。

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September 18, 2024

山田重郎『アッシリア 人類最古の帝国』

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山田重郎『アッシリア 人類最古の帝国』(ちくま新書)の感想をブック・ナビにアップしました。

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August 28, 2024

『フォールガイ』と『ツイスターズ』

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これだけ暑さが続くと、本を読んだりシリアスな映画を見るのが億劫になる。というわけで、楽しめそうな映画を2本つづけて見た。どちらもハリウッド映画だけど、これが当たり。2本とも映画館の大スクリーンで見てこその面白さだ。

『フォールガイ(原題:The Fall Guy)』は、スタントマンが主役のバックステージもの。大スター、トム(と言えば誰もアノ人を思い浮かべます)のスタントを務めるコルト(ライアン・ゴズリング)が映画製作をめぐる事件に巻き込まれる。怪我でスタントをやめたコルトが、元カノのカメラマン(エミリー・ブラント)が初監督作を撮るというので撮影現場に呼び戻される。現場に行くと主演のトムが行方不明。スタント・シーンを撮影しながらトムを探す羽目になる。

撮影現場でも、トム捜しでも、格闘、飛び降り、衣装に火をつけてのアクション、車を衝突させての7回転、カーチェイス、モーターボートでジャンプ、ヘリにぶらさがりなど、ありとあらゆるアクション・シーンを見せてくれる。なるほどこんなふうに撮ってるのかと、裏側が分かるのも面白い。ラスト近く、姿を現したトムがVFXの合成用ブルーバックの中で四駆を運転する演技をしていると、そこにコルトが現れて運転を代わり、実際にエンジンを始動させブルーバックを突き破ってロケ現場に飛び出してしまう。トムが悲鳴をあげる。VFX全盛のいま、ブラッド・ピットのスタントマン出身というデヴィッド・リーチ監督が、いつかやりたかったことなんだろうなあ。事件や恋はアクション・シーンのための刺身のつまみたいなもの。ライアン・ゴズリングが能天気なスタントマンを楽しそうに演じてる。

もう一本は『ツイスターズ(原題:Twisters)』。オクラホマの巨大竜巻を追うストーム・チェイサーたちの物語。NYのアメリカ海洋大気庁で働くケイト(デイジー・エドガー=ジョーンズ)は、かつての仲間ハビ(アンソニー・ラモス)の頼みで夏休みに故郷のオクラホマに帰ってくる。大学時代、ケイトやハビは竜巻の力を削ぐ方法を実験していたが、竜巻に巻き込まれて仲間3人を失い、ケイトは今もそのトラウマに悩まされている。ハビは住宅開発業者の支援を受け、竜巻追跡チームを組織している。彼ら以外にも、竜巻を追いかけてSNSで中継しインフルエンサーとなったタイラー(グレン・パウエル)のチームがある。竜巻が発生すると、2つのチームは車をつらね、どちらが先に竜巻に近づけるかを競う。ケイトははじめハビのチームに加わるのだが、社会貢献ふうな企業チーム対竜巻をネタに金にする地元チームと見えたものが、、、。このあたりの対立やケイトとハビ、タイラーの微妙な三角関係は、『フォールガイ』を同じで刺身のつま。やはり巨大竜巻が次々に生まれ、町を破壊していくあたりが見せ場だ。こういう題材を娯楽映画にしてしまう腕には感心する。

2本とも大人の鑑賞にたえるエンタテインメント。日本映画でもこういうのがほしいなあ。

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