January 16, 2017

霜柱立つ

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frost columns in my garden

このところ連日、朝起きると霜柱が立っている。

門の鍵を開け、新聞を取りに出るとき、サクサクと踏むのが楽しみ。


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January 06, 2017

クラーナハ展へ

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Lucas Cranach exhibition

ようやく行ってきました、クラーナハ展(~1月15日、国立西洋美術館)。

クールなエロティシズムに参ります。宮廷画家にして企業家。時代(16世紀ドイツ)の先端を行く大量生産と、多色刷り版画や印刷など先端技術への関心。聖書や神話を素材に、それらが抑圧し排除してきたものを露出させてしまう背理。ポルノグラフィー製作者にして宗教改革のプロパガンダ画家。

ピカソやデュシャン、森村泰昌らクラーナハに刺激された現代美術家の作品も並んで、なんとも刺激的で面白い展覧会でした。


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January 03, 2017

明けましておめでとうございます

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good-luck arrow of the year of the cock

明けましておめでとうございます。

毎年の習慣で、浦和の氏神、調宮(つきのみや)に初詣して破魔矢を求め、神棚に。

昨年秋から家族の入院や仲間とやりはじめた仕事などもあり、ブログの更新がとどこおりがちです。
特に映画は見る本数も感想のアップも減ってしまいました。なんとか元に戻したいものです。

今年もよろしくおつきあいください。
皆さまの健康をお祈りします。


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December 31, 2016

映画・今年のBest10

Sicario
Best10 Films in 2016

今年は秋以降、いくつかの事情が重なって映画を見る本数がぐっと減った。見ても感想を書けない映画も増えた。とてもベスト10を選ぶような本数を見てないけれど、お遊びだし、自分の楽しみのために10本を選んでみた。いつものように洋画も邦画も一緒。

1  ボーダーライン
2  光りの墓
3  彷徨える河
4  さざなみ
5  オーバーフェンス
6  キャロル
7  エクス・マキナ
8  山河ノスタルジア
9  暗殺
10 ディストラクション・ベイビーズ

1 今年、映画を見ることの快楽をいちばん味わった作品。トランプのアジテーションで話題になったメキシコ国境。麻薬カルテルのボスを殺すため、CIAが国境を越えて暗殺者を差し向ける。といっても社会派でなく、寡黙なベニチオ・デル・トロの殺し屋が絶品。砂漠のノワールになっているのが素敵だ。ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督とロジャー・ディーキンス撮影監督はハリウッドの最強コンビ。

2 タイの地方都市で日常のなかに当り前のような顔をして過去や死者が入りこんでくる。眠り病患者の夢が呼び起こされる。政治的なメッセージを発することのなかったアピチャッポン・ウィーラセタクン監督が、森と光と風の「クメールのアニミズム」の根拠地から軍事政権を批判する。監督は、これから国内では映画をつくれないだろうと言うが、どうなるのか。

3 こちらは南米コロンビアのアニミズム。近代化と植民地主義にさらされたアマゾン奥地を舞台に、西洋人の宣教師と人類学者、西洋化した先住民と自らを失ったシャーマンが旅する。アマゾンの源流への旅は過去へ遡る旅でもあり、主人公のシャーマンが自らを回復する旅でもある。コロンビアの現在を典型として描いたように思えた。

4 『愛の嵐』以来のシャーロット・ランプリングのファンとして、その悪魔的な魅力と怖さに年輪を加えていよいよ磨きがかかったのを堪能。のどかな田園風景のなか、淡々とした老夫婦の日常に静かに深い亀裂が入ってゆく。若い監督だけど、イギリス映画の成熟を感ずる。

5 佐藤泰志原作、函館3部作の3作目。どんよりした北の空の下、オダギリジョーと蒼井優が出会い、傷つけあい、もういちど出会う。地方都市のゆるい空気や、脇役の点描もこなれている。前2作より、かすかな明るさを感じさせるのがいい。こちらも山下敦弘監督の成熟を感ずる。

6 1950年代ハリウッド映画を思わせる濃厚なメロドラマに酔う。とはいえ、男と女ではなく女と女の愛。そこからくる偏見や差別など、今日性を持たせている。ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラがひたすら美しい。

7 アンドロイドのクールなエロチシズムがたまらない。SF+密室ミステリー+猟奇殺人といったジャンル映画をうまく組み合わせて楽しませる。ノルウェーの山岳地帯でロケした人里離れた静寂が雰囲気を出す。

8 ひとりの女性の過去・現在・未来。彼女の人生を2人の男とひとりの息子が彩り、ジャ・ジャンクー流の大河ドラマといった趣だ。ジャ・ジャンクーの映画は中国で上映禁止になることが多いが、これは受け入れられるだろう。

9 日本植民地下のソウル。親日派実業家と日本軍将校の暗殺を描くアクション・エンタテインメント。表の顔は反日だけど、映画の中身は植民地下で協力者として生きざるをえない者の悲しみに力点をおく。型どおりの二分法からはみでるものを感ずる。チョン・ジヒョンがかわいい。

10 映画全体から発する暴力と破壊の衝動。不穏な空気が全編にみなぎる。殺人者の誕生を演ずる柳楽優弥の面構えは、『復讐するは我にあり』の緒方拳を思い出させる。

ほかにリストに入れるか迷ったのは、『火の山のマリア』『サウルの息子』『殺されたミンジュ』『蜜のあわれ』『007 スペクター』『淵に立つ』『シン・ゴジラ』といったところ。

改めてリストを見てみると、女優で選んだ映画が多いなあ。『007 スペクター』のレア・セドゥとモニカ・ベルッチもそうだし。

一年間おつきあいいただいて、ありがとうございました。良い年をお迎えください。

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December 29, 2016

根津甚八を悼む

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「ジョン・シルバー 愛の乞食篇」(根津甚八ダイアリーから)

根津甚八が亡くなった。小生と同い年、69歳。

根津甚八を最初に見たのは状況劇場の『二都物語』だったか『鉄仮面』だったか。よく覚えていない。強烈な印象を受けたのは李麗仙の相手役に抜擢された『唐版・風の又三郎』(1974)。翳りを感じさせながらも爽やかな二枚目で、奇優、怪優の多い状況劇場の面々のなかでは異色の存在だった。一緒に見に行った女の子がころりと参ってしまい、嫉妬しようにも相手が悪すぎた。

その後、映画にも進出し、素晴らしかったのは秋吉久美子と共演した『さらば愛しき大地』(1982)。鹿島臨海工業地帯をバックに、高度経済成長からはぐれた男と女の愛が息詰まるようだった。アパートから見える林が音もなく揺れるのが、どんづまりの2人の存在の揺らぎそのもののように見えた。この映画でキネマ旬報主演男優賞を受けている。

最後に見たのは、引退後にただ一度だけ復帰した映画『GONIN サーガ』(2015)。かつての根津甚八とその後の闘病生活を知る者には、感慨なしに見られない映画だった。最後まで恰好よかった根津のダンディズム。

同世代、ましてや同い年の死はこたえる。合掌。


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December 23, 2016

冬の畑

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turnip and garland chrysanthemum in my garden

わが家の畑、冬はいつも休んでいるのだが、今年はカブと春菊を植えた。

ゴーヤとミニトマトが10月上旬まで収穫できたので、種を播いたのが10月中旬。ちょっと遅かった。芽が出るころには日差しが弱くなっていた。どうなることかと思ったが、ようやく大きくなってきた。これなら収穫できそう。カブは糠漬けに、春菊は鍋に。冬はこれがうまい。


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December 21, 2016

『ジムノペティに乱れる』 小味でひねりのきいた

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20代のころ、ほんの一時期、週刊誌の芸能担当記者をしていたことがある。

そのころ、日活ロマンポルノが猥褻図画公然陳列で摘発され、裁判になった。当時の目で見ても(ピンク映画などに比べて)特に性表現が過激だったわけでもなく、作品の出来も大したことはなかったけれど、これ幸いとプロデューサーや監督に話を聞いて記事にしたことがある。それをきっかけに日活調布撮影所に行って何人かの監督や女優のインタビュー記事を書いた。映画好きが趣味を仕事にできた、会社勤めのなかでいちばん幸せな時期だった。

この時期の日活ロマンポルノは、神代辰巳の『一条さゆり・濡れた欲情』や『四畳半襖の裏張り』、藤田敏八『エロスは八月の匂い』、田中登『マル秘・女郎責め地獄』『屋根裏の散歩者』など傑作を連発していた。

『ジムノペディに乱れる』(行定勲監督)は「ロマンポルノ・リブート・プロジェクト」とタイトルされた5本の映画の第1作。このプロジェクトは「総尺80分前後、10分に1回の濡れ場、製作費は一律、撮影期間1週間、完全オリジナル作品、ロマンポルノ初監督」という条件。かつての日活ロマンポルノに近い制約のなかで新しい試みをということだろう。ほかに園子温『アンチポルノ』、塩田明彦『風に濡れた女』、中田秀夫『ホワイトリリー』などが控えている。

……と、ここまで前置きを書いて3週間たってしまった。家族の事情で週に何日か病院に詰めることになり、ブログの更新もままならない。映画も見られない。『ジムノペディに乱れる』もディテールを忘れてしまったけれど、とりあえず覚えていることだけメモしておこう。

主人公の古谷(板尾創路)は映画監督。かつてベルリン映画祭で受賞したアート派だが客の入りが悪く、今は志と異なる映画をつくっている。主役に起用した女優(岡村いずみ)はベッドシーンが嫌だとゴネて、映画を下りてしまう。鬱屈した古屋は、かつて訳ありだった女性スタッフや映画学校の生徒(芦部すみれ)、元妻など、女たちの間をさまよう。

懐かしかったのは、70年代の私小説ふうなやるせなさが画面に漂っていたこと。そういえば行定勲は『パレード』でベルリン映画祭の賞を取っていたなあ。これが行定の私小説だとは思えないけど、ロマンポルノのある種の定型を意識しているのかもしれない。記憶でいえば神代辰巳の『恋人たちは濡れた』に似たような空気を感じた。

ここぞというときエリック・サティが入ってくるのはお約束。サティの音と板尾創路の存在感が印象に残る映画でした。昔のプログラム・ピクチャーには、傑作とは言えないけど小味でひねりのきいた映画がときどきあって、そういう作品に当たるとお金を払った分は取り戻した気がして映画館を出た。そんなことも思い出した。

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December 20, 2016

『マラス』を読む

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工藤律子『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社)の感想をブック・ナビにアップしました。

http://www.book-navi.com/

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December 07, 2016

新安比温泉へ

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a trip to Shin Appi Spa

岩手県八幡平の新安比温泉へ出かけた。盛岡駅から北西へ車で1時間ほど。標高500メートル。さっそく露天に入ると雪が舞っている。

新安比温泉は、安比スキー場麓にある安比温泉から10キロほど北、東北自動車道の安代ジャンクション近くにある。東北道の工事で温泉が湧出し、1980年代に日帰り温泉から出発した新しい温泉。

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この温泉の売りものは強烈な赤錆色の強食塩泉。1キロの湯に20グラムの食塩を含んでいる。なめると海より塩辛い。赤錆色は鉄分を含むから。湯舟や床もこの色に染まっている。タオルも3日で薄くこの色に染まってしまった。ぬるめと熱め、二つの浴槽があり、ぬるめの湯に長くつかると芯からあったまる。アトピーなど皮膚病によく効くそうで、湯治客もいる。

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地下の温泉成分の結晶。古代の海が化石になり、地下水がこの層をくぐることで温泉になる。

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滞在している間、強風や雪、雨、かと思うと青空がのぞく不安定な天気。枯れ枝が揺れ、雲が動くのを見ていると飽きない。

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近くを流れる安比川。

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このあたり、昔から漆器生産が盛んなところ。宿から歩いて10分ほどのところに安比塗漆器工房がある。小鉢を、湯呑にするつもりで求める。


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November 30, 2016

『彷徨える河』 アマゾンをさかのぼる旅

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El Abrazo de la Serpiente(viewing film)

水面がゆらゆら揺れ、水に映る影も揺れている。カメラが上へパンすると、褐色の肉体を持ち、動物の歯の首輪をかけた先住民が水に映る影を見ている。上空からの俯瞰。熱帯雨林のなかをアマゾン河がアナコンダのように右に左に蛇行している。クローズアップ。熱帯の蛇がくねっている。鎌首をもたげ、獲物の小さな爬虫類を捕らえる。──なんとも印象的な3つのモノクローム映像が重なったところに、この映画の核がある。

『彷徨える河(原題:El Abrazo de la Serpiente)』のスペイン語原題は「蛇の抱擁」とでもいった意味だろうか。「蛇」はアマゾンに棲む熱帯の蛇そのものであるとともに、アマゾン河のことでもあろう。アンデス山脈の水を集めたアマゾンの最上流、コロンビアの熱帯雨林でひとりの先住民と二人の白人が蛇である河をさかのぼる。

先住民はカラマカテ(ニルビオ・トーレス=若者、アントニオ・ボリバル・サルバドール=老人)という名のシャーマン。彼の部族はどうやら白人の手で滅ぼされ、ひとりで流浪しているらしい。そのカラマカテのところへ、時代を経て二人の白人がやってくる。一人目はテオ(ヤン・ベイヴート)という病にかかった老司祭。彼は、文明化した先住民の助手に導かれてカラマカテに助けを求めに来た。カラマカテはヤクルナという植物を手に入れれば助かるといい、三人でアマゾンをさかのぼる。

数十年後。幻覚植物であるらしいヤクルナを求めて人類学者のエヴァン(ブリオン・デイビス)がカラマカテのところへやってくる。年老いたカラマカテはシャーマンとしての記憶を失い、「からっぽ」の人間になっている。二度目の旅は、カラマカテにとって案内者であるとともに自らを回復する旅にもなっている。二度の旅で、カラマカテとテオ、エヴァンはさまざまな部族や、自らを救世主として先住民に君臨する白人に出会う。

こう書いてきて思いだすのはコンラッドの小説『闇の奥(Heart of Darkness)』だ。この小説はアフリカのコンゴを舞台に、コンゴ河をさかのぼる主人公が、先住民に君臨して象牙を集める悪魔的な白人に出会う話だった。コッポラの『地獄の黙示録』はこの小説を原案にしていた。

『彷徨える河』も同じ構造をもっている。でもコンラッドの小説や『地獄の黙示録』、アマゾンに侵入する白人騎士を描いたヘルツォークの『アギーレ・神の怒り』なんかがあくまで欧米人の視点から描かれていたのに対して、この映画が新しいのは先住民の視点から描かれていることだろう。

アマゾン流域にはゴム農園が広がり、先住民は農園労働者として搾取されている。先住民のひとりは「全部ゴムのせいだ」と叫んでゴム原液をぶちまける。先住民は、土俗宗教と混淆した奇妙なキリスト教を信仰している。ゴム農園とキリスト教、欧米の植民地主義がコロンビア(南アメリカ大陸)にもたらしたふたつの要素が部族社会を壊したことが示される。主人公が白人、自分を失った先住民、文明化した先住民というあたりも含めて、南アメリカ大陸の現在を典型として示そうという意図が感じられる。

シャーマンの能力を失った老カラマカテが現在を象徴しているとすれば、アマゾンをさかのぼる旅は空間だけでなく時間をさかのぼることによって、過去にあった自分を取り戻す旅になる。ヤクルナを見つけたカラマカテは、ここだけカラーになる幻覚とともに宇宙と一体化し、その存在は消えて目に見えなくなる。

モノクロームの映像が見事だ。言葉にも配慮が行き届いている。スペイン語、英語、ドイツ語、さらに複数の先住民の言語が使われているようだ。はじめて見たコロンビア映画、実に面白かった。


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