September 20, 2016

オルハン・パムク『黒い本』を読む

Kuroi_orhan
Orhan Pamuk"Kara Kitap"(reading books)

オルハン・パムク『黒い本』(藤原書店)の感想をブック・ナビにアップしました。


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September 19, 2016

『シン・ゴジラ』 凍ったゴジラが目覚めるとき

Photo
Shin Godgilla(viewing film)

遅ればせながら『シン・ゴジラ』を見た。映画としてよくできているのに加えて、あからさまな比喩や意味ありげな暗喩がいたるところに散りばめられて、映画を見た誰もが何かを語りたくなるようにできている。

ゴジラ・ファンなら、本作がそのリメイクである『ゴジラ』第1作と比較してみたくなるだろう。アニメ・ファンなら、同じ庵野秀明監督の『エヴァンゲリオン』シリーズと関係づけて熱く語ってみたくなるだろう(残念ながら僕はどちらでもない)。映画やアニメのファンだけでなく、シン・ゴジラが引き起こす混乱はいやでも東日本大震災と福島原発の事故を思い出させるから、この映画を震災後の政治と社会に引き寄せて語りたくなる人もいるにちがいない。

実際、このところウェブや活字メディアやテレビで、『シン・ゴジラ』ほど語られた映画はない。僕もそのいくつかを読んで、なるほど、うまいこと言うなあと感心した。

もともと1954年につくられたオリジナル『ゴジラ』が、作品それ自体を離れてさまざまな語られ方をした映画だった。ゴジラは南太平洋の核実験によって異常成長したという設定だったし、映画が公開されたのは第5福竜丸がビキニ環礁の核実験で放射能を浴びたその年だった。だからゴジラはしばしば核や戦争の比喩として論じられてきた。

体内に生体原子炉を持つシン・ゴジラの設定は、第1作の設定とその後さまざまに語られた言説をうまく取り込んでいる。シン・ゴジラは襞と襞の隙間が赤く発光していることからも明らかなように、ウランやプルトニウムが核分裂で発生させる高熱を利用した原子力発電所を思わせる。

科学史家の神里達博が、こう言っているのが眼にとまった。映画の結末でこの国の未来は「ゴジラを管理し続けるという宿命を背負った」と(9月16日、朝日新聞)。矢口(長谷川博己)のチームは、ゴジラは体内の原子炉が発する熱を血流によって冷却していると考えた。ならば冷却システムである血流を凍結させてしまえばいいと、動けなくなったシン・ゴジラに血液凝固促進剤を投与して凍結させてしまう。

だからゴジラは凍っているだけで、死んでいない。これは福島原発の現在の姿に重なっている。福島原発は一時の小康状態を保っているだけで、メルトダウンした核燃料はそのまま格納容器の底にたまっているし、プールには燃料棒が残っている。もし廃炉に成功(いつのことか)する前に再び大きな地震や津波に襲われたら、さらなる放射性物質がまきちらされる危険は常に残っている(これはもちろん福島だけのことでなく、日本中の原発が地震、津波、火山爆発の危険にさらされている)。

東京のど真ん中、東京駅のそばに凍結して動かないゴジラは、そんな状況の象徴と読めないだろうか。凍結したゴジラを、どう解体するのか。内部の原子炉をどう処理するのか。映画はまったく終わっていない。いや、次の映画はそこから始まる。『シン・ゴジラ』の続編ができるとしたら(当然、考えられているだろう)、ゴジラの目覚めから物語が生まれるだろう。

ゴジラの目覚めがもたらす不安と恐怖は、日本列島を再び襲うかもしれない地震、津波、火山爆発、原発事故の不安と恐怖に重なっているかもしれない。

それから、ネットで盛り上がっているゴジラの尻尾だけど、僕がこれを見て連想したのはギーガーのエイリアンと、藤田嗣治の「アッツ島玉砕」だった。ギーガーは当然として、藤田の戦争画を思い出したのは、この絵が岩も波も、殺し殺される兵士たちも、土も小さな花も、ほとんど区別しがたく暗い茶色に塗り込められ凍結されたひとつの生命体のような印象を持ったからだ。ゴジラの尻尾は、それに似ていた。ゴジラはどこまでも戦争を引きずっているらしい。


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September 16, 2016

下谷和泉橋通りの医学所を探す

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lookinf for the hospital in Edo period

ある仕事の必要から、幕末に下谷和泉橋通りにあった「医学所」を探すことになった。「医学所」は幕末に幕府がつくった西洋医学の病院で、後に東京帝国大学医科大学付属病院となる。大槻俊斎、伊東玄朴、緒方洪庵、松本良順(司馬遼太郎『胡蝶の夢』の主人公)らが頭取(病院長)を務めた。

和泉橋はJR秋葉原駅近くにある。和泉橋通りは現在の昭和通り。ほかに分かっているのは、藤堂藩邸の近くだったこと。藩邸の塀を過ぎると伊東玄朴の住まいがあり、医学所はその隣だったこと。

国会図書館で幕末に刊行された「江戸切絵図」の「下谷絵図」を(デジタル・アーカイブに入っているので自宅のパソコンで)見る。和泉橋から北へたどる。藤堂和泉守と書かれた屋敷の二筋先に「伊藤玄ト」と書かれている。もうひとつ、「御府内往還其外沿革図書」という地図を見る。こちらは藤堂藩邸の先に「種痘所」と記された一画がある。神田お玉が池に開設され、火事で焼けて下谷和泉橋通りに移ってきた「種痘所」は「医学所」の前身だ。

プリントアウトした二枚の地図と現在の地図を持って、秋葉原へ。ヨドバシカメラのアーケードを抜けて昭和通りへ出、御徒町方向へ向かう。藤堂藩邸跡には三井記念病院があるはずだが、昭和通りには面していない。切絵図では藩邸から二筋だけど、現在は細い通りが何本も走っている。どこなんだろうと歩いているうちに蔵前橋通りにぶつかると、角に台東区教育委員会の案内板が建っていた。「伊藤玄朴居宅跡・種痘所跡」とある。跡地には高層ビルが建設中だった。

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昭和通りを戻り、東に入って三井記念病院へ。病院の由来を記したパネルが貼ってある。維新後、明治政府は横浜の軍事病院を旧藤堂藩邸に移し、医学所を含めて「大病院」と称した。1876(明治9)年、「大病院」は本郷の現在地(東大病院)へと移転し、その跡地に三井家が三井慈善病院を開設したそうだ。

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September 10, 2016

2本のフィリピン映画

Kinatay
Kinatay & Captive(viewing film)

面白いフィリピン映画をDVDで二本見た。ブリラーテ・メンドーサ監督の『キナタイ マニラ・アンダーグラウンド(原題:Kinatay)』と『囚われ人(原題:Captive)』。

『キナタイ マニラ・アンダーグラウンド』は、マニラの警察学校に通う男が警察官のギャング組織に取り込まれて殺人の手伝いをさせられ、のっぴきならない状況に追い込まれる一夜を描いた作品。

新婚で子供が生まれたばかりの主人公が警察官ギャングのミニバンに乗せられ、麻薬代金を払わなかったダンサーを拉致して犯罪の匂いがしてくるのに逃げようとして逃げられず、不安におののく姿が手持ちカメラの不安定な映像で捉えられる。マニラの歓楽街や郊外の夜景など、画面はほぼ暗い。ダンサーを姦して殺し、バラバラにするなど描写は過激。フィリピン・ノワールとでも言ったらいいのか。「キナタイ」はタガログ語で虐殺の意。2009年のカンヌ映画祭で監督賞を受賞した。

『囚われ人』は、2000年にイスラム原理主義武装ゲリラ「アブ・サヤク」がリゾートで20人の外国人・フィリピン人を拉致して身代金を要求し、1年以上にわたって人質を連れまわした事件の映画化。

武装ゲリラと人質の一行は政府軍に追われて熱帯雨林を転々とする。鮮やかな緑と、そこで繰り広げられる血なまぐさい戦闘の対照がすごい。蛇が鳥を襲ったり、兵士が蜘蛛を戦わせたり、熱帯の動物が大写しで挿入される。ゲリラと人質が行動を共にするなかで、いろんな人間関係が生まれてくる。人質のフィリピン人看護師がゲリラと半ば強制的に結婚させられる。イザベル・ユペール演ずる人質と少年兵士の間に感情の交流が生まれかける。ゲリラは時に住民から食事を供され、礼儀正しく謝礼を払ったりもする。かと思うと、ケガをし足手まといになった人質をあっさり殺しもする。

そんな熱帯雨林の逃避行(に見える)を、メンドーサ監督はここでも手持ちカメラの大胆な映像で物語的な高揚もなく坦々と描き出す。映画は、イザベル・ユペールが救出されたところでぶつりと終わる。

2本とも、単純な善悪や正義で割り切れない人間の行いを見つめている。フィリピン映画は見たことなかったけど、楽しみがまたひとつふえた。

Captive


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September 07, 2016

立川博章回顧展

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Tachikawa Hakusho Retrospective Exhibit

友人に誘われて鳥瞰図絵師・立川博章回顧展(~9月6日、飯田橋・日建設計ギャラリー)へ。

都市計画家として活躍した立川は、三点透視図法という手法で鳥瞰図を描く絵師でもあった。もともと都市計画や建築のプレゼンテーション用だったらしいが、やがて絵図として独立した価値をもつようになった。代表作の江戸鳥瞰図をはじめ、十数点が展示されている。地図と資料をもとに三次元に立ちあがった立体図はすごい迫力。

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「東京スカイツリー第三次設計案」。


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September 05, 2016

東京ジャズ・フェスへ

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Tokyo Jazz Festival

東京ジャズ・フェスティバルの「Jazz ik here」セッションに行く(9月4日、東京国際フォーラム)。

まずはメンバーが30歳そこそこの若いピアノ・トリオ、fox capture plan。ジャズのグルーヴ感をまったく感じさせない(意図的に排除した?)演奏。小生のような年寄りはこれがジャズなの? と言いたくなるが、若い世代にはこれがいいのか。

続いてケニー・バロン・トリオ。こちらはジャズのグルーヴ感のかたまりみたいな演奏。モンクや自作やスタンダード。円熟しきって、それでいて古さを感じさせないのがすごい。ゲストのグレッチェン・パーラトのアンニュイな歌もよかった。

最後はミシェル・カミロと上原ひろみのピアノ・デュオ。チケットを買ったときは上原ひろみトリオだったけど、メンバーが体調不良とかで来日できず、急遽、カミロに声をかけたらしい。カミロはこの1時間のためだけに来日したそうだ。

どの程度リハーサルをやったのか分からないが、最初から息はぴったり。カミロの原色で情感のこもった音と、超絶技巧といわれるカミロの上をいく上原の早く、力のある音と。エリントンの「キャラバン」や「A列車で行こう」では会場が湧きに湧く。トリオよりこちらのほうがお得だった。

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August 28, 2016

『イレブン・ミニッツ』 カタストロフの予兆

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Eleven Minutes(viewing film)

『イレブン・ミニッツ(原題:Eleven Minutes)』の監督、イェジー・スコリモフスキをはじめて「見た」のは高校生だった1960年代。アンジェイ・ワイダの『夜の終りに』だった。この映画でスコリモフスキは共同脚本と、役者としてボクサー役で出演していた。実際にボクシングをやっていた彼は筋骨逞しい男だった。同じころ、ロマン・ポランスキーの『水の中のナイフ』のプログラムで、やはり共同脚本にスコリモフスキの名前を見つけた。監督として映画をつくっているとも書いてあって、そのころポーランド映画に入れ込んでいた僕は、「ポーランド派」の新世代としてどんな映画をつくるんだろうと興味を持った。

スコリモフスキの『早春』(1970)を見たのはずっと後。『早春』はポーランドでつくった映画が「スターリン批判」とされて社会主義の祖国から亡命し、イギリスでつくった作品。アンジェイ・ワイダの歴史意識やロマン・ポランスキーの耽美とは違う、「ヌーベルヴァーグ以後」ともいうべき1970年代ふうの過激な青春映画だった。なんて昔のことを書いたのも、『イレブン・ミニッツ』を見て『早春』のテイストと共通するところがあるなあ、と思ったから。

物語の起承転結にこだわらず、映画的な情感を盛り上げることもなく、斬新な映像を積み重ねる。最後のスローモーションも、似たようなものを1970年代(スローモーションが多用された時代だった)にアントニオーニの映画とか見た記憶がある。スコリモフスキ、実験的精神は歳とっても変わらないなあ。

ポーランドの都市。主要な登場人物は10人ほど。5時から5時11分までの11分間に彼らに起きる出来事が、81分に凝縮されている。そして最後にカタストロフがくる。

ホテルの一室で、映画監督(リチャード・ドーマー)が女優(パウリナ・パプコ)に面接しながら誘いをかけている。女優の夫(ヴォイチェフ・メツファルドフスキ)は、妻と監督との関係を怪しみホテルに駆けつける。路上のホットドッグ店の男は、かつて縁のあったらしい女から唾をはきかけられる。タトゥーを入れ、犬を連れた女がホットドッグを買いにくる。配達先の女とよろしくやっていたバイク便の男は怪しげな包みを受け取り、ホテルに配達に向かう。救急隊の女が、出産しそうになった女を助けに出動する。少年は盗みに入って自殺体を発見し、あわててバスに乗る。

互いに無関係な出来事が、時間を行きつ戻りつしながら描写される。登場人物が操作するスマホやパソコンの動画、監視カメラの映像も入りこんでくる。サイレンやバイクの音といった路上のノイズが強調される。鏡に激突する鳥、高層ビルの向こうを低空で飛ぶジェット機が9.11を連想させる。ダン、ダン、ダン、と時を刻むリズムがひっきりなしに鳴っている。不穏な気配が徐々に高まる。

小さな鏡に映ったバラバラの断片がたくさん集まり、最後にそれが一つになって全体像を露わにし、でも一瞬後にはまたバラバラに砕け散るといった印象。最後、カタストロフの映像は無数のモニター画面のなかの一つとなり、最後にはモニターの小さなノイズにまで縮小される。それが78歳のスコリモフスキがこの世界に対して持っているペシミスティックな時代認識なのか。

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August 26, 2016

『ミモザの島に消えた母』 干潟の道の風景

Boomerang
Boomerang(viewing film)

『ミモザの島に消えた母(原題:Boomerang)』の舞台はフランス大西洋岸のノアールムーティエ島という小さな島。この島とフランス本土の間は潟になっていて、満潮のときは海だが、干潮のときは陸地になる。潟のなかを島と本土を結ぶ「ゴアの通路」と呼ばれる4キロほどの道が走っていて、潮が満ちると道路は海に没する。この道はグーグル・アースでも見ることができるが、この道路が映画の鍵になる。

かつて島に住んでいた家族をめぐるミステリー。際立つ個性があるわけじゃないけど、楽しめる映画に仕上がっている。

アントワン(ローラン・ラフィット)は離婚したばかりの男。子供のころノアールムーティエ島に住んでいて、30年前に母が不可解な死を遂げたことをいまだに忘れられない。父も祖母も、その話題になると口をつぐむ。ある日、気が進まない妹のアガッタ(メラン・ロラン)を誘って島を訪れる。アントワンは母が死んだ病院で、死体修復師をしているアンジュル(オドレイ・ダナ)と出会って惹かれあい、二人で母の死について聞いて回る。かつて一家の家事手伝いとして働いていた老女は、なにかを隠している……。

「ブーメラン」という原題は、アントワンが30年後にノアールムーティエ島にブーメランのように帰ってきたことを指しているのか。加えて、もうひとつ。アントワンの10代の娘は、女友達を愛していると父に打ち明ける。そのことと、母が美術家の女性に惹かれたことが死の原因になったこと。世代をまたいで、過去が現在にブーメランのように戻ってくることが重ねられている。30年前といえば1980年代。もうフェミニズムの時代だけど、フランスの田舎ではまだ同性愛は許されないことだったんだろうか。

母の運転する車が、潮が満ちてきた「ゴアの通路」を水しぶきをあげて走る。フランソワ・ファブラ監督は、このショットを撮りたかったんだろうな。こんな道路が今も残っているのが、いかにもヨーロッパという感じがする。

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August 25, 2016

作並温泉から立石寺へ

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from Sakunami Spa to Risshakuji-temple

宮城の作並温泉に4日ほど滞在した。三つの台風が続けて東北から北海道へ抜ける合間、二つ目の台風の後を追って新幹線に乗り、温泉に着くと三つ目の台風が追いかけてくる。

作並温泉は仙台から天童へ抜ける作並街道沿い、広瀬川の渓谷にある古い温泉。泊まった宿は源泉を三つ持っている。湯は無色透明で無臭。「ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉」だそうだ。

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露天風呂は三つ。広瀬川渓流沿いの風呂と、崖上にカモシカや猿が来るという崖下の湯、源泉の一つを使ったぬるめの湯。

三つ目の台風は深夜。いっとき激しい雨と風に見舞われたけど大きな被害はなかった。翌日も雨模様。前日は細い流れだった崖上からの水が滝のように流れている。崖下の湯に寝そべると、頭上は濃い緑。暗い空から落ちてくる雨が顔を打つのが気持ちいい。

ぬるめの湯は、台風の雨で源泉の湯温が下がったそうで入浴できなくなっていた。

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翌日は天気がもちそうだったので、山形の立石寺へ。JR仙石線の作並駅から山寺駅まで20分ほど。作並駅では名物のこけしが観光客を迎える。

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山寺駅を降りると、ホームから立石寺が見える。

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根本中堂を見て山門をくぐり、1000段の石段を登りはじめる。右膝に不安があるので、ゆっくりと。

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300段ほど登って、せみ塚の近く。せみは鳴いているけど、夏休みとあって人は多く、「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」とはいかない。 

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仁王門が見えて来た。ここで600段くらいだったか。

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崖上に建つ納経堂が見えてきたと思ったら、にわかに空が暗くなり、雨が落ちてくる。

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展望のきく五大堂で雨宿り。雨はすぐに上がった。この後、奥の院まで上り、華蔵院で御朱印をいただいて下山。


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『属国民主主義論』を読む

Zokkoku_uchida
reading books

内田樹・白井聡『属国民主主義論』(東洋経済新報社)の感想をブック・ナビにアップしました。

http://www.book-navi.com/


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