July 10, 2018

『ゲッベルスと私』 103歳に刻まれた皺

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A German Life(viewing film)

ナチの宣伝大臣ゲッベルスの秘書を務めたブルンヒルデ・ポムゼル。撮影当時103歳の老女の顔、というより皮膚のすべてに刻まれた無数の深い皺を、カメラがあらゆる角度から撮影している。黒い背景のなか、椅子に座った彼女が語る。目元や口元のアップから上半身のバストショットまで、ほとんど変化のないモノクローム映像。時に皮膚の細部は人間のものとは思えない相貌を見せてぎょっとさせられる。その映像の力が、『ゲッベルスと私(原題:A German Life)』を支えている。

ブルンヒルデの語りの合間に、各国が製作したニュース・プロパガンダ用の記録映像が挿入される。彼女は30歳の1942年からナチスが敗北するまでの3年間、ゲッベルスの秘書として彼の近くにいた。でも「言われたことをタイプしていただけ」で「ホロコーストについては何も知らない」と言う。彼女が本当のことを語っているのかどうかはわからない。挿入される強制収容所や虐殺されたユダヤ人の映像。69年の沈黙を破った語りと記録映像。映画はそれを何のメッセージもなしに交互に観客に見せる。そこから何を受け取るかは観客に任されている。

ブルンヒルデの皮膚に刻まれた深い皺は、69年という時間を意味していよう。でも、ホロコーストを生んだ人種差別やナショナリズムの問題は何ひとつ解決していない。というより、21世紀になって人種や宗教上の対立や排外主義、ナチスと同様に大衆を動員するポピュリズムは世界のあらゆる場所で燃えさかり、世界は野蛮に向かっている。ブルンヒルデが仮に何も知らなかったとしても、知らなかったこと、知ろうとしなかったことが、ナチスを支えた。それは、この映画を見る私たちの問題でもある。

監督はクリスティアン・クレーネスら。クリスティアンが設立した映像プロダクション、ブラックボックス・フィルムの製作。撮影機材はソニーの高精細ビデオカメラHD-CAM。


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July 06, 2018

高味君の墓参

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西日本に大雨が降り、関東も雨模様の一日、六年前に亡くなった高味壽雄君の墓参に同級生と鎌倉へ。腰越の満福寺。昼飯にシラス丼を楽しみに行ったのだが悪天候で漁がなく、一同がっかり。


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July 03, 2018

ジャズ・ボーカル発表会

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カミさんが通っているジャズ・ボーカル教室の発表会で銀座・シグナスへ。皆さん実に楽しげに、入りを間違えても笑いとばして歌ってました。写真は、最後に先生の坪井紀美江さんが歌ってます。


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June 24, 2018

ミントを摘む

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picking leaves of mint

庭のミニ畑でミントとレモングラスの葉を摘む。干して乾燥させ、ハーブティーにして飲む。市販のものよりワイルドだが強い味がする。

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June 22, 2018

八幡平を歩く

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藤七温泉から八幡平頂上まで歩いて1時間ちょっと、標高差200メートル。途中、レストハウスまで車道を行き、そこからは遊歩道が整備されている。梅雨の晴れ間に、ちょっとしたハイキング。

写真は頂上付近から見た岩手県側の斜面。針葉樹のオオシラビソとダケカンバの新緑の森がつづく。藤七温泉は右下の谷筋にある。

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レストハウス近くでフキを採るおばあさん。

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レストハウスから遊歩道をしばらく歩くと鏡池がある。この時期、池の雪がドーナツ状に融けてドラゴン・アイと呼ばれる風景が出現する。

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頂上を過ぎると八幡池が見えてくる。周囲は湿原。1周40分ほど、ミズバショウが咲きはじめている。

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池に残った雪の造形。


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June 21, 2018

藤七温泉へ

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a trip to Toshichi Spa

岩手県八幡平の藤七温泉へ行ってきた。盛岡駅からバスで一時間半。八幡平頂上近い標高1400メートル、藤七沢の斜面にある。6つの露天風呂は手造り感あふれるワイルドなもので、八幡平や周辺の山が一望できる。

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藤七温泉は昭和3年に温泉のある山小屋として開業したそうだ。戦後、松川温泉へ通じる道が開通して、温泉宿として人気が出た。ずっと内湯だけだったが、10年前から宿の者だけで源泉の上に露天風呂をこしらえた。いまも新しい露天が工事中。

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泉質は単純硫黄泉で、泥味がかった乳白色。源泉の上に板を貼っているので、隙間から湯と蒸気がぶくぶく湧いてくる。湯床には温泉成分が沈殿した泥がたまっていて、女性は(女性専用ひとつ以外は混浴)それをすくって顔パックしている。4つの風呂は熱いのもぬるいのもあって、そのときの気分で選べる。

滞在した4日間は幸い梅雨の晴れ間。まわりの新緑と雪渓を眺め、朝日を浴びながら、あるいは満天の星をながめ、長いことつかっているのは無上の時間。

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脱衣場の入口には、いかにも東北の温泉場、こんな置物があった。つげ義春のひとコマみたい。

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内湯は半透明のきれいな乳白色。どろっとした露天のあと、さらっとした内湯につかるのも気持ちいい。

食事は山菜尽くしに岩魚(鮎)の塩焼きと八幡平サーモンの刺身、秋田こまちのご飯を堪能。


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June 20, 2018

『雪の階』を読む

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奥泉光『雪の階』(中央公論新社)の感想をブック・ナビにアップしました。


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June 16, 2018

『万引き家族』 小津映画の末娘

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Shoplifters(viewing film)

是枝裕和監督の映画は日本でも外国でも小津安二郎監督の映画と比較される、あるいは小津映画の系譜を引くと言われることが多い。二人の主要な作品がともに家族を主題にしているからだろう。それはその通りだと思う。でも当然のことながら、個性が違い時代も違うから、二人の映画がそのまま重なるわけではない。『万引き家族』は、僕には小津映画とネガポジの関係にあると見えた。

小津映画の家族構成はいつもおよそ決まっている。明治生まれの父と母。『東京物語』なら笠智衆と東山千枝子になる。大正末から昭和初期生まれの息子と娘世代。年齢からして、息子は戦争に行くか植民地で仕事をしている。『東京物語』なら次男が戦死し、その未亡人である原節子がヒロインとして登場する。原節子は『東京物語』はじめ小津監督の「紀子3部作」で、紀子という役名で三度、明治生まれの父母の娘世代の役を演じている。

原節子はいつもしっかりした長姉といった立場で、その下に妹あるいは妹世代の女優がいる。『東京物語』なら香川京子、ほかの映画なら有馬稲子、岡田茉莉子、岩下志麻らが起用された。失敗作とされる『東京暮色』(僕は好きな映画だけど)では原節子と有馬稲子は姉妹役だ。原節子が、観客が期待する理想的な娘(嫁)の像を演じていたのに対し、末娘たちははねっかえりで、自己主張が強く、問題を抱えていることが多かった。

『万引き家族』の初枝(樹木希林)は、世代的には小津映画の末娘たちと重なるのではないだろうか。初枝は小津映画の香川京子や有馬稲子、岡田茉莉子、岩下志麻らの半世紀後の姿だと考えれば、小津映画と『万引き家族』がつながる。

初枝がどのように現在の暮らしになったのか映画のなかで語られないから、セリフの端々から想像するしかない。初枝は結婚したが離婚し、独りで働いて年金で細々と暮らしている。どんないきさつかわからないが、治(リリー・フランキー)と信代(安藤サクラ)のカップルと出会い、二人は初枝の家にころがりこんだ。独りで死んでゆく初枝が寂しさから二人を受け入れたのか(あるいは、治は初枝の実の息子で、幼い治を連れて家を出たのだろうか。よくわからない)。治は信代の夫(恋人?)を殺して罪に問われた過去をもつ。出所後は日雇いや万引きでその日暮らしをしている。

さらに二人の同居人がいる。亜紀(松岡茉優)は、初枝と離婚した夫が再婚して生まれた娘らしい。でも家出して、義理のおばあちゃんの家に転がり込み、風俗でお金をかせいでいる。小学低学年くらいの祥太(城桧吏)は、治と信代がパチンコ店の駐車場で声をかけ、そのまま二人についてきてしまった。育児放棄されていたのだろうか。治は祥太に万引きのやり方を教えこみ、二人は組んで万引きを繰り返している。映画はそこから始まる。

万引きの帰り、治と祥太は他人のアパートの部屋で寂しそうにしている幼女のゆり(佐々木みゆ)に声をかける。両親が喧嘩する声が聞こえる。虐待されていたのか、ゆりは黙って治についてきて、「家族」がまたひとり増える。血のつながった人間でなく、他人が寄り集まった疑似家族。でもマンションに囲まれた古い木造家屋で、初枝の年金を頼りに貧しいながらそれなりに楽しく暮らしている。

この映画の名場面として語りつがれるであろうショットがたくさんある。

信代とゆりが一緒に風呂に入り、互いに腕の傷(自傷行為だろう)を見せあうシーン。祥太がゆりに万引きを教え、子供ふたりで駄菓子屋で万引きするシーン(店主の柄本明は万引きを見逃していたが、「妹にはさせるな」と祥太に言う)。治と信代の、雨音がする暗い室内での長いラブシーン(安藤サクラが色っぽい)。亜紀が初枝の膝に頭をのせ、人肌の温かさに静かに涙を流すシーン。家族そろって縁側から隅田川花火の音だけを見上げるシーン。

でも疑似家族の幸せは長くつづかない。ゆりの「誘拐」がテレビ報道される。ゆりの万引きが発覚しそうになり、それをかばって祥太が自ら万引きして追われ、ケガをして警察沙汰になる。家族のなかで祥太だけが、成長して社会的な目をもつようになっている。

物語が動くと、血のつながった家族の偽善的な顔があらわになる。「誘拐」されたゆりが戻った両親は、マスコミの前で良き父母を演ずる(ゆりは再び育児放棄される)。亜紀の両親は、線香を上げに(実は金をせびりに)訪れた初枝に、亜紀はオーストラリアに留学でと不在を取りつくろう。

家族と古い日本家屋という小津映画の枠を受け取ってはいるが、小津映画から現在までの時間のなかで家族は解体し、漂流し、日本家屋はマンション群に包囲されてしまった。そのなかで、解体した家族の破片が寄りそってつくる疑似家族がつましく楽しく暮らしている。その背後にある年金詐欺、育児放棄、虐待、孤独。戦後中流家庭の小さな波乱はあっても穏やかな日常を描いた小津映画とネガポジの関係と感じたのは、そんなあたりだ。

信代が警察に連れていかれてからの独白シーンの安藤サクラが素晴らしい(カンヌの審査委員長ケイト・ブランシェットがほめていた)。正面から固定カメラで長いバストショットで捉えられる。前作『三度目の殺人』でも似たショットがあったけれど、引きの場面が多い是枝映画に新しい力をつけ加えたように感らじられる。是枝監督の代表作と呼ばれるようになるのは間違いない。


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June 14, 2018

梅むらの豆かん

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病院へ検査に行った帰り、浅草により道して梅むらの豆かんを求める。赤えんどう豆と寒天に黒蜜をかけるだけのシンプルなものだけど、豆のさくっとした歯ごたえといい寒天のほのかな香りといい、梅むら以上のものを食べたことがない。この店のことは色川武大のエッセイで知った。だから梅むらの豆かんを食べるといつも彼を思い出す。

浅草寺は外国人の観光客でいっぱいだけど、ここまで来るとさすがにその姿はない。


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June 13, 2018

青梅のはちみつ漬け

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庭の梅の実がほとんど落ちてしまったので、八百屋で青梅を買ってきてはちみつ漬けをつくる。アクを抜き、フォークで穴をあけ、はちみつを注ぐ。一カ月ほどで果肉の汁が出て、甘味と酸味がいい感じになる。これに氷を入れ、ソーダで割って飲むと真夏に応えられない。今から楽しみ。


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